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12月のスペイン 



うわのそら紀行



これまでの旅の足取り

<第一話>マドリード2泊、アルマグロ2泊 (主にメセタのドライブ)



<第二話>セビーリャ4泊
(でも…ほとんどセビーリャ見ずじまい)
 

2025年12月8日(月) アルマグロからセビーリャへ (386㎞)

ALMAGRO



 高い木組み天井がある、パラドールの朝食室。
 読み上げられる聖書の一節を聞きながら、硬いパンでも齧ると気分が出そうですが
…




 …朝食の中身は、きわめて肉食系。





 朝っぱらから、甘いものもたっぷり。




 スペインで朝食に青野菜を出すことは、まずないと思います。でもここではキュウリがちょこっと並べてあるのが、なんとなくおもしろく…
 ふたつだけ減ってるのは、もちろん私たちが持って行ったから。





 卵は目玉焼きにしてもらいました。
 白身が泡立つほど熱いオリーブオイルで、一気に揚げた卵。こうやって料理すると、白身の味も引き立って、単なる卵がごちそうになります。





 アルマグロとは、今日でお別れ。パラドール前のおうちの、一軒だけ気合の入ったクリスマス飾りが、ひんやりした朝日にキラキラ光っています。





 旅程は、前にマドリードの本屋さんで買った、昔懐かしい立体地図でご説明することにします。
 




 
 今日は、ダーッと南下して、それからダーッと西に向かって、セビーリャまで行きます。






 快晴の朝の、真白な霧。谷からむくむく湧きだしては、陽射しを受けて消えていきます。今日はだいぶあったかくなりそうですね。


 
 

 道が下り始めて、そろそろアンダルシアに入るのかな? 
 メセタ高地の、あの清潔なそっけなさが大好きなので、緑すぎる低地におりるのは、あまり気が進みません。
 でもしかたない。宿六はアンダルシアはグラナダしか知らず、日ごろ話が通じなくて困っているので、とりあえずセビーリャとコルドバはおさえときましょう、というのが今回の旅の目的です。



 ドライブインで一休み。
 誘惑的なパンが並んでいますが、パラドールで朝食をたっぷりとったので、見なかったことにします。私もしスペインに移住してたら、グルテンフリーとか低糖質ダイエットとか、ぜったい試せなかったと思うな。
 




 ドライブインのおみやげは、オリーブ尽くし。
 この小分けしたオリーブオイル、かわいいオリーブの実の形になっています。私は壜ごとドンっと食卓に出す派なので、買いませんけど、でもかわいい。




 オリーブの輪切り板の上に、銀色のオリーブが根を張っているこの細工物。
 小さいのを買っておけばよかった!…と、半年以上すぎたいまも、後悔しております。



 
そして…ハハハハ、やっぱり出た、「トイレに紙を流さないで」という注意書き。昨年(24年)のイタリアでも、シチリアに行ったとたんこれが出て、「ペルーに戻ったみたい!」と嬉しく?なりました。いったいどういう条件下だと、紙を流しちゃいけないのか、私はいまだに理解できておりませんが。

 なおwater(またはvater)というのは、ウォーターではなくバテルで、水洗トイレを意味します。ペルーでも使う表現です。語源は英語のwater closet (WC)、水洗トイレだそうで。


Baños de la Encina


オリーブ畑のあいだの小道

 Baños de la Encina という地名が気になったので、高速道を降りて、わき道に入ってみます。「encina(セイヨウヒイラギガシ)」の、「baño(お風呂)」…?
 あとで調べたところ、Bañosはお風呂ではなく、豊かな帯水層に恵まれた土地、という意味だとか。で、その地で後年、「セイヨウヒイラギガシの上に聖母が出現した」という、よくある奇跡が起きて、その二つが合わさって地名になったもよう。

 セイヨウヒイラギガシは、スペインでは非常にありふれた木です。
 でもドングリのないペルー在住の私には、憧れの木。それで2019年に拾ったドングリを、パチャカマックのわが家で大事に育てていますが、今のところうまくいっています。




 道の両側のオリーブは、実をたっぷりつけて、その重みで枝がしなっています。




 オリーブ畑の向こうに、お城が見えてきました。
 よけいな飾りのない、質実剛健な、たいへんスペインらしいお城です。いいところだなあ!
 グラナダのアランブラの外壁のような味がありますね。たぶんどちらも、tapial(突き固めた土を使う版築)で作られた壁なのでしょう。




 帰国後、調べてわかったこと。
 スペインに無数にあるお城の中でも、イスラム時代の城砦の形を、もっとも良く留めているのが、このバニョス・デ・ラ・エンシーナのお城だそうです。

 
 
 



 まわりを取り囲む十四もの塔は、ほぼイスラム時代のままの姿で、その後キリスト教徒に奪われてから、右端の大きなtorre de homenaje(…ってなんて訳すの?天守?主塔?英語のkeep?)が付け足された由。
 遠望だけでもできて良かった!
 
 



 セビーリャまで、私たちにとっては少し長いドライブなので、しかたなくお城に背を向けます。でもここは、いつかまた来ます。

 あいかわらず、飛行機雲、やたらと多いなあ…
 一時期、ケムトレイルという陰謀論がはやりましたが、なんか怪しいぞ?と言いたくなる気持ちは、ちょっとわかります。ただ陰謀論の根拠のひとつが、「昔はこんなに飛行機雲なかった」だそうで、でもそれって、単に近年、便数が猛烈にふえたせいですよね…

 



 12月だということを忘れる青空。
 



 コルドバの少し手前にある、有名なシェリー酒、ペペおじさんの看板。
 その看板を、青空を背景に撮りたい、と確かに思っていました。でも、ここまでの青空は期待していませんでした。

 




 その後もひたすら、南西の方角に下っていきます。もはや暑い!
 しかもさっきから、延々と続くオリーブ畑。贅沢すぎるけど、飽きてきました。
 
 (日本では、「延々と」を、なぜか「永遠と」と書く若人が増えたそうですが、ちょっと詩的な味すらある、おもしろい勘違いですね。)

 



 やっとセビーリャが近づいてきました。そのへんのレストランで一休み。
 どこにでもありそうなドライブイン、というこの感じ、とてもいいな。

 



 料理もまったくなんてことないのですが、でもそれがおいしいです。





 デザートもまた同じく。50年ほど昔に戻った気分になる、よいお店でした。

 
 



 オズボーンの黒牛看板は、南へ行くほどたくさん残っているそうですが、ほんと多いですね!きょうはたぶん三頭は見ました。

 
SEVILLA




 やれやれ、セビーリャに着きました。祝日の夕方の、賑やかすぎるトリアナ地区に、無謀にも車で乗り入れたため、ちょっと手こずりました。
 今日から四泊するお宿は、そのトリアナ地区のまんなかにありながら、地下にこんな大きな駐車場がついています。とても便利そうな貸し物件です。




 駐車場のすみにある、この謎のトンネル、ちょっと気になります。鉄柵で守られていますが、どんないわれがあるのやら… 
 悪名高きセビーリャの異端審問所跡地は、ここから数十メートルのところですし、もしかしたら知らないほうが幸せかも…と思い、結局オーナーさんには訊きませんでした。なんだろうこれ?




 駐車場から一階分だけ階段をのぼって、中庭を抜けたらすぐの部屋です。
 階段の有無の確認は、スペインやイタリアの民泊探しでは、とても重要ですね。

 
 



 アパートに入ったところ。



 大きくて清潔きわまりないアパートですが、内装には何の味もありません。
 つるっつるのタイルを多用したところなど、リマでもよく見かけるタイプの、失礼ながら「やや悪趣味なほう」のおうちです。

 
 



 …でも、大事なのはここ!窓からグアダルキビル川が見えます!

 



 ちょっと身を乗り出せば、トリアナ橋も見えます。
 この橋の向こうに、セビーリャの歴史地区が広がっています。いまは夕方6時過ぎ、ちょうど橋の照明が灯りました。
 祝日(無原罪の御宿り)の今日は、スーパーが早く閉まりそうなので、先に買い物に行ってきます。そのあとで、アパートの中をもう少しご案内します。

 



 …買い物して戻りました。
 毎度のことですが、生ハムとワインとオリーブオイルが安いので、宿六はもう、ゴロゴロ喉を鳴らさんばかりに嬉しそう。
 しかしこうして見ると、私はどこにいっても、同じものばかり買ってますね。でも今日は、クリスマスのアーモンドのお菓子があるのが、いつもとはちょっと違います。


 



 家電がぜんぶ詰め込まれた、広い台所。スペインでもイタリアでも、アパートでは必ずと言っていいほど、洗濯機が台所にありますが、これはどうにも落ち着きません。
 (リマ市内のアパートに住んでたときも、そういう間取りでしたが、途中でいやになって、シャワー室をひとつつぶして、洗濯場に変えました。
 そしてパチャカマックの家では最初から、台所からうんと離れたところに、洗濯室を作りました。)

 



 シャワー室その1。
 とても清潔です。ただ湯沸かしの使い方に、ちょっとコツが必要で、数回冷水シャワーの刑を受けました…

 



 シャワー室その2。
 




 トリアナ橋が見える主寝室。

 



 中庭側の、寝室その2。スーツケースを盛大に広げられるので、たいへん便利。
 でもこのおうちの内装は、やはり寒々しいです。白壁に青みがかったLED電灯では、まるきりオフィスですね。…ああでも、猛暑の夏には、これが涼しくていいのかな?

 



 なにはともあれ、一歩外に出れば、この華やかさ。
 お宿の場所は、まったくもって言うことありません。

 



 トリアナ橋を渡って、少しだけ散歩。ちょうどこのあたりが、異端審問所だったはず……

 




 雪の結晶型のイルミネーションはいいな…そのうちまねしよう。
 (リマの自動車修理店は、クリスマスになるとイルミネーション屋に変身します、手持ちの溶接道具を活用できるからです。そこへ好きなデザインを持って行けば、格安に作ってくれます。そういうなんでも融通がきくところは、ペルーの良さですね)

 


 川向こうまで行って、引き返します。人気がなさすぎて、少し不安になってきたので。

 



 明日は平日なので、ひごろ宵っ張りのスペイン人のみなさんも、もう引き上げたのかな。到着時の、トリアナ地区の混雑には恐れをなしましたが、平日モードに戻れば、大したことなさそうです。

 



 宿の近くのレストランに入ります。お客さん、だれもいませんね…

 


 野菜の鉄板焼き

 


チピローネス(イカ)の鉄板焼き
 



 借家の窓から、もう一度トリアナ橋を見てから休みます。
 橋の上に、大きな月も出ました。2025年さいごの満月から数日すぎて、今夜は十七夜あたりでしょうか。

2025年12月9日(火) セビーリャ市内をほんの少し
 
SEVILLA



 トリアナ橋を渡って、歴史地区へ向かいます。
 われわれリマ在住者は、一年中水量たっぷりの川を見るだけで、とりあえず感動します。

 



 古めかしいお店の、控えめですてきなクリスマス飾り。
 今は単に食料雑貨店をあらわす、tienda de ultramarinosって、味わい深いですよね。もともとは、海の向こうから来た品々を扱っていたから、こういう表現になったのでしょうか。


   

Real Alcázar de Sevilla


 宿六のために、やはりひとつふたつは、セビーリャの名所に行かねばならず、たいへん気が重いです。きっとオフシーズンでも、バチカンみたいに観光客が多いでしょうから…(私も観光客だけどさ)。まずはアルカサルです。

 



 中に入るなり、私は怒り始めました。だって、プラスティック鉢!(ありえない!)に植えたポインセチアが、そこらじゅうに置いてあるんです。いくらクリスマスだからといって、アルカサルとポインセチアに、いったい何の関係があるというのだか?!

 恐らく私は、「ヨーロッパとは、趣味の良いおとなが住む世界なのではないか?」という幻想を抱いていた、最後の世代と思われますが、ほんと今はヨーロッパだろうとどこだろうと、世界中すべてが、ほぼ一様に趣味わるくなりましたよね…

 庭園で知られるアルカサルに、安っぽいプラ鉢を置くなんて、いくらなんでも…。罵倒用にちゃんと写真とっとけば良かった。

 


ここだけ見たら、モロッコの新築コンドミニアムかと…
さすがにこれは、修復のし過ぎでは??

 
 また、こういう「写真の背景向き」の美しい場所には、どこも小さな行列ができています。
 みなさん順番にそこに立ち、作り笑顔をスマホに向けては、一瞬で厳しい顔に戻って、写真をチェックし、また撮りなおし…
 というのを延々と(ここは「永遠と」と書いたほうがぴったりかも)見ているのにも、疲れました。いえ、見なくてもいいんだけど、ひとりのこらずやっているので、どうしても目に入る…

 ということで、私の得意技、「観光客はひとりもいなかったかのようなスナップ」を少し載せて、アルカサルは終りにします。やっぱり有名すぎる観光地なんて、六十過ぎて行くもんじゃないわ。(と言いつつ毎回行くのは、宿六が「とりあえずなんでも見てみたい人」だからです。つまり宿六のほうが、私よりずっと素直で幸せな人です)

 
 


 

 

 

 すばらしいマグノリアの大木

 
 

 あら、これグレープフルーツの木ですね





 スペインでは「トルコ鳩」(tórtola turca)と呼ばれるこの鳩さん、なんと「埼玉県警のポッポくん」のモデルなんだそうですね。江戸時代に日本に持ち込まれたこの鳩の、数少ない末裔として、シラコバトの名で埼玉県(特に越谷方面)で大事にされているようです。

 でも世界規模で見ますと、彼らは今まさに、世界制覇の途上にありまして…
 スペインに定着したのは、2000年代になってから。またリマでも、2016年に観察されたという論文を見つけました。私はまだ見たことがありませんが、うちの庭にやってくるのも、時間の問題かもしれません。

  
 



 毎日青すぎる青空を見ていると、
季節感がおかしくなってきますが…
やはり今は、晩秋~初冬のようです


 



 美しいアルカサルに行って、怒って出てくることになるとは、思いませんでしたが、なんとか生還。表通りは賑やかに飾られていて、夜のライトアップが楽しみです。
 



 ナシミエント(聖家族の人形飾り)のための、ミニチュア品の市も出ています。
 去年、ナポリで見た手の込んだ品々に比べると、やや見劣りしますが、それでもスペインらしい味のある品々が並んでいます。ちょうど昼休みで、出店はみな閉まっていたので、安心して見物できます。



鶏卵専門店

 


 蜂蜜専門店



お魚の屋台。
上には干しダラもぶら下げてあります。

 


レモンを添えた虹鱒と…
その奥の黒いのはなんだろう?うなぎ?
だとしたらワイロに使える高級籠ですね。




これもいいなあ。籠の専門店

 




 いちばん心惹かれたのは、この食器店ですが…350ユーロですか!たぶん、ちゃんと焼いてあるミニチュア食器ですね。
 でも手軽な粘土を使えば、似たようなのが自分でも作れそう。棚はベンハー君に作ってもらえばいいし。と言いつつ一生作らないと思うけど、手順を想像するのが楽しいです。

 


 道ばたの、花と実が美しいデュランタの茂み。12月でも咲くのかー。さすがアンダルシア。これもいわば、中南米からの移民ですね。
 



 お昼どきも過ぎて、何となく入ったお店は、ふだん私が避けるタイプのお店(きれいすぎるお店)でした。しまった……




 あららら、水まで高級っぽい。大丈夫かな、ここ…

 




 うわ…このサラダ、オリーブオイルで作った、例の似非キャビアがのっているよ…
 いつもなら、こんなのを出すレストランからは、すぐ逃げ帰りますが、きょう帰らないのは、ウェイトレスさんが話好きで、かわいかったから!
 




 黒髪で眉がきりりとした、絵に描いたようなアンダルシア美人のウェイトレスさんは、まだ22歳なのに、もう7年も働いているそうです。ちょっと計算が合わない気がして、とても驚きました。
 でも彼女には強い決意があるそうです、「この仕事はいろんな人に会えるから、好きです。でも数年後もここにいるつもりはありません。貯金して勉強して、私はぜったい獣医になるって決めてます」

 


近い未来の獣医さんが、
手際よく盛りつけてくれたイカ墨パエリャ。

 それからペットの話題になったので、うちのチョコレートアルパカ、アマルー君の短いビデオを見てもらいました。
 「アルパカって動物、知らなかった…初めて見ました、まあなんてかわいい生きものなの!」と、うっすら涙目になった彼女は、まちがいなしの動物好き。しかもまだ22歳、夢をかなえる時間と可能性は、ほぼ無限にありますね。(そしてアマルー、喜べ!美人が涙目で君をほめてくれたよ!)

 



 昨年のシチリアを思い出し、デザートはピスタチオのアイスクリーム。
 

 


日が暮れてきました。

 
Plaza de España

 さて次は、アルカサル以上に行きたくなかった、この場所へ… 
 セビーリャに前回来たのは、40年以上前。そのときですら、ぜんぜん感心しなかったスペイン広場ですが、ここはスター・ウォーズの撮影場所。宿六のために、行かなくちゃなりません。私けっこう良い奥さんですよね。




 …でも意外にも、来てよかったと思っています。
 12月の夕暮れ時のスペイン広場は、真夏とはまったく雰囲気が違います。(冬の旅の良さは、すぐ日が沈んで夜景が見られることです!)  

 万博のパビリオン跡という、無理やり作った場所とはいえ、万人にわかりやすい「スペインらしさ」を非常にうまく表現している、ということが、今回はとてもよくわかりました。

 
 



 しかし宿六は……
 あーたのために来たのに、なぜここで熟睡する?(…そもそもがなぜ、寒い野外で眠れるの?海千山千のペルー人がそこまで無防備でいいの?!)

 



 宿六がスリに狙われないよう、遠くから監視しつつ、私はそのへんを歩いて時間つぶし。なんていい奥さんなんだ。

 



 しばらく寝かせておいてから、宿六を起こし、インディアス文書館前に引き返します。クリスマス市のほうも、長いお昼寝から目を醒まし、盛り上がってきたところです。

 



 パン焼き竈や、甘栗屋台のミニチュア、いいですね。
 まんなかへんの、ロスコン・デ・レイエス Roscón de Reyes(1日6日のケーキ)は、季節感もあるし、買っておけばよかったなあ。




 こちらが戦利品。昼に見たミニ食器、ばら売りもしていたので、少し買いました。やはりちゃんと焼いてありました。お皿に並べた生ハムも、なかなか本物らしく出来ています。

 それから右のダマフアナ(damajuana、柳の籠で包んだワインの大びん…のミニチュア)は、ちゃんと緑色のガラスで作ってあります。ガラスのミニチュアは、自分では作れないので、いつも引っかかります。
 おもしろいのは、素焼きの壺を緑でゴテゴテ塗って、お茶を濁したバージョンも、いっしょに並べてあったこと。そちらは半値くらいでした。

 



 電気なしでもキラキラしていた大通りに、金色のライトが灯りました。
 セビーリャらしさでいっぱいの、ナツメヤシ型のイルミネーション、すばらしいです。今までに見たスペインのイルミネーションの中で、いちばん個性的かつ豪華です。

 



 金色のイルミネーションのうしろに、金色に鈍く光るヒラルダの塔。

 



 大聖堂のアスンシオン門。
 すべてが金色で、ほんとにすてきなイルミネーション散歩です。




 でも、いちばん好きで、いちばん笑ったイルミネーションは、これ。
 真四角に剪定された、みっしりと葉の茂ったベンジャミンに、すきまなく電飾をぶら下げてあるので、大きなギフトボックスみたいに見えます。おみごと。
 (Googleストリートで確認したら、スペイン銀行前のこの二本、ふだんから真四角にきっちり剪定してあるようです。なぜだろう?)

 
 


 またトリアナ橋を渡って、お宿に戻ります。
 宿六のための名所見物、と言いましたけど、結局はのんびりしすぎて、セビーリャほとんど見てないです。ラス・ドゥエニャス宮やインディアス古文書館は、行ったことがないので覗いてみたかったなあ。
 でもすでに人の多さに(…ハイシーズンを思えば、ガラガラなんでしょうが、私にはじゅうぶん多すぎます…)に疲れてきたので、セビーリャの残り二日は、もっと人が居なさそうなところに足を延ばしてみようと思います。

 
2025年12月10日(水) 暴風雨のカディス(往復146キロ)



 今日は終日、雨の予報。雨でも海に行けば、風情がありそうなので、まだ見ぬカディスに行ってみましょう。
 フェニキア起源の街で、そのころすばらしい踊り手たちで知られていた、ということ以外は、特に興味はありませんが、なにか拾い物があるかな?


CÁDIZ



 この恐ろしげなペパ橋(2015年のわりと新しい橋)を通って、カディス市内へ入ります。




 雨のカディスに到着。左手はすぐ海。
 細長い半島…というか、細い砂州(太いところでも1キロちょっと)の上に発展した街なので、海の気配に、街がまるごと包まれています。車を降りる前に、すでにカディスがちょっと好きになりました。





 カディスの駐車場に貼られた警告。
 「二台分のスペースを占めたヤカラからは、あとでもれなく二台分の料金を徴収します。」 
 リマでもこれ、徹底すべき!



Castillo de San Sebastián



 何も調べずに来てしまいましたが(どこ行くときも大抵そうだけど)、カディス市街図を見た瞬間、行こう!と思ったのがサン・セバスティアン城。





 700mほどの堤防の先にある、海上の城砦、なんて聞くだに魅力的。
 でも城内の説明によると、城砦と陸をむすぶ堤防が作られたのは1860年。だからわりと「最近」まで、サン・セバスティアンはふつうの島だったのですね。

 古いところではフェニキア人が、この島に神殿を作った(らしい)とのこと。
 また時代が下って15世紀、ペスト患者を乗せたヴェネツィア船が、許可を得てこの島で療養し、命拾いしたので、小さな教会堂を建ててサン・セバスティアン(黒死病患者の守護聖人ですね…)に奉納したのが、島の名前の由来だそうです。





 その後18世紀に、サン・セバスティアン島に作られたお城は、城壁が残っているだけ。19世紀には牢獄として使われていた上に、1900年代の鉄筋の灯台が突っ立っていますし、見るほどのものは何もありません。
 でも、この石造りの堤防じたいが、雰囲気たっぷりですばらしいです。こんなところが近所にあったら、しょっちゅう散歩に来るでしょうね。

 


 堤防の途中で、振り返って眺めるカディスの町並み。




 浅瀬の向こうに、もうひとつの城砦、サンタ・カタリーナ城が見えます。
 カディスは、スペインの天敵フランシス・ドレイクに、三日間占拠されてひどい目にあっていますが、そのすぐあとに王命で建造された城砦だとか。
 




 晴れていたら、どんなにきれいな水の色だったでしょうね。でも雨の日のしっとりとした風情も、なかなかです。


 

 サン・セバスティアン城の全景。
 スペイン映画「アラトリステ」でも撮影場所として使われたそうですが、記憶にありません。悲しすぎる映画だったので、見直したくはないし…

 



  その「アラトリステ」に非常にうまく描かれていた、スペインのあの暗さって、いったいどの時代に消えたのでしょうね?
 指輪物語のアラゴルンを演じた米国人が、スペインの大人気キャラ、アラトリステに化けたのを見たときは驚きました。でも、満ち足りたようすの現代スペイン人の中には、黒マントが似合う影のある俳優は、ひとりも見つからなかったのかもね…

 





 この浜におりて、しばらく石ころ拾いに熱中しました!



 これでカディスの黄色い砂浜を、うちに持って帰れます。
 あとで丸い白石に銀の金具をつけて、首飾りや指輪にしようかと思っています。






 このあと車で、カディスの狭い路地に迷い込み、進退窮まったり…

 




 ビルの間に、巨大客船が見えて、ぎょっとしたり…(むこうもビルかと思った…)

 
 



 今度は徒歩で路地に入って、すてきな一角を見つけてほっとしたり…





 いろいろ手間取ったので、カディスの中央市場に着いたときは、午後2時過ぎ。
 ここでいろいろ買って昼食にするつもりでしたが、もう店はあらかた閉まっていました。

 



 雨脚もだんだん強まってきたので、いちばん近くにある、庶民的なフライもの屋さんに走り込みます。




 
 店頭では、各種あげものや塩茹で魚介類の、量り売りをしています。ちょいちょいお客さんが来ては、袋を下げて帰っていきます。ご近所の人かな。





 バルもありますが、私たちは上階のレストランに座ります(年寄りなので)。
 メニューには、安い白ワインと、お手頃価格の魚介類が並んでいます。なんかいい感じかも?

 

 

 とりあえず、お魚フライの盛り合わせ。どれが何の魚か、よくわかりませんが、非常に楽しいです。アルミのお皿もいいねえ。
 持ち帰りやバルだけでなく、レストランのほうも繁盛しています。みなさん大勢で来て、いろんな種類を注文しています。こういう時だけは、大家族がちょっとうらやましくなります。
 (もちろん、年寄りくさくレストランに座り込まず、バルで立って注文すれば、なんでも少量ずつだしてもらえるそうです)





 さっと茹でた小海老(quisquillas)と、シリアツブリガイ(cañaillas)。
 見た目のかわいさで注文しましたが、これってフェニキア人が、高価な貝紫染めに使った貝ではありませんか!食べられるなんて知らなかった!
 味のほうは、要するに滋味豊かな貝の味で、白ワインにぴったり。
 
 フェニキア人は、貝紫染めをローマ人とかに高く売りつけ、大儲けしたのですから、現代のフェニキア人たろうとしている?宿六にとって、なんて縁起の良いおつまみでしょう。
 ほかにもパエリャとか、イカの卵とか、魚介類入りサラダとか、いろいろ試したいものがありますが、二人きりでは、これで精一杯。


Teatro romano de Cádiz
 


 安ワインでほどよく酔っ払い、雨の下、強い海風によろめきつつ、すぐ近くの古代ローマ劇場へ。
 GoogleEarth様によると、このように現代の家々のすきまに、ぎゅうぎゅうに古代劇場がはまっているらしく。こういう変な遺跡、大好きです。

 



 ところが…小さな博物館に入ってしばらくすると、外は暴風雨に…

 



 雨まじりの強風が窓を叩きつけ、劇場の観客席では、水が勢いよく流れ落ちています。
 「足元があぶないので、今日は外に出ちゃだめです」と言われました。残念は残念ですが、ちょっと楽しくもあります。





 地中海の主な大理石産地の、この展示、いいですね。家に飾りたいな、これ。
 やっぱり私は、今の地球では、地中海周辺がいちばん好きだなあ。

 



 しばしローマ劇場で雨宿りしましたが、風雨がおさまる気配はありません。
 ともかくカディスの大聖堂前に出てみたものの、クリスマス市も閑古鳥。一軒だけ開けていたお店も、すぐ閉めてしまいました。
 傘があっというまにおちょこになる暴風雨ですから、だれも歩いていません。

 



 すぐまた雨宿り。カフェテリアに駆け込みました。
 ヒマなので、ン十年ぶりのドーナツまで食べてしまいました。

 



 少し雨がおさまったので、海辺の駐車場へ急ぎます。
 緑色の大西洋は、この荒れよう。今日はカディスで、ほんのちょっとしか見物できませんでした。でもこの、ぞくぞくするような力強い海の空気だけでも、じゅうぶん来た甲斐がありました。

 
 


 それに私たちにとっては、強風や大雨は、それだけで大ご馳走。リマにはないもんね。

 


 エネルギーに満ちた海風に吹きさらされて、たいへん良い気分です。
 ここはもう一回来なくては。カディスで気のきいた民泊を見つけて、それを足場にフェニキア人の足跡…というか船跡を辿るのも楽しそうです。
 (私が若い頃には、「フェニキア人=ほぼなにもわかってない」と聞いていたのに、ここ数十年で、発掘調査が大いに進んでいるようですね。そのあたりも少し情報更新したいです)




 好きな町を見つけた嬉しさにひたりながら、帰路につきます。
 黒牛さんのそばを通りましたが、ふだんはまず気づかない、しっぽの青い空間。今日の曇天では、バレバレです。
 
 

 


 道中、El Fantasma(ザ・幽霊)という看板発見。もしこれが地名だったら、すごいな、と期待しましたが…
 ドライブイン・レストランの名前のようです。それも、サービスがかなりひどい店らしく、誰かが「セビーリャに帰る路上で、ほんものの幽霊に会ったぜ!」とか酷評していて、笑いました。


SEVILLA
 



 セビーリャに着く前に、カディスから追ってきた?暴風雨に追いつかれました。




 青い道路標識の、Coria del Ríoというのは、ハポン(日本)さん、という苗字を持つ人がたくさんいるので有名なところですね。
 フェニキア人やタルテッソス人もいたところなので、次のスペイン旅行で行ってみようかな。

 
 



 雨のセビーリャに戻りました。

 



 雨脚がおさまってきたので、お宿の近くを少し散歩。
 ここはCapilla de los Marineros、トリアナ地区の人々が、たいへん大事にしている聖母像が祀られた教会で、聖週間にはとても賑わうはずの場所。
 でも今回の人生では、キリスト教には深入りしないと決めているので、ファサードのかわいらしさだけ楽しませてもらいます。
 



 左の教会の前に、パン屋さんがあります。パンのケースの上に、鏡が貼ってあるのは、どんなパンが残っているか一目瞭然でいいですね。(その上にあるのが、お向かいの教会の聖母像)
 お惣菜なども売っています。お店の奥さんがとても親切だったので、楽しくていろいろ買ってしまいました。南はやっぱりいいなあ。




 
 とてもスペインらしい、素朴な…あまりにも素朴な、甘いものコーナー。
 右上は、ロスコン・デ・レイエス(三賢王の焼き菓子)のミニチュア版。本来は1月6日、クリスマスシーズンの最終日に食べるお菓子ですが、このお店では、ほとんどいつでも並べているそうです。
 「近所の人たちが大好きで、いつでもほしがるから」とのこと。
 

 海の空気をたっぷり吸ってきたおかげで、今夜は疲れているけど気分がいいです。雨のあとの、少しだけ寒い街をもうちょっと散歩してから、お宿に戻ります。
 写真は、近くのバルに飾ってあるタイル。戦時中の米国の、有名なプロパガンダ・ポスター(I WANT YOU FOR U.S. ARMY)が元ネタでしょうか。
 「君には今、ビールが必要だ」とあって、「ビール」と「今」だけがスペイン語になってるところが、じんわりと可笑しい…






 パン屋さんで買ったジャガイモサラダと、セビーリャ風ミートボールの煮込み、カディスから連れ帰った小海老と巻貝の塩茹でを並べて、夕食にします。ワインは、海老によく合うアルバリーニョ。


 



 ロスコン(パーソナルサイズ)は、卵とバターと小麦粉の甘いパンに、生クリームをはさんだだけのお菓子。でも、生地に混ぜこんだオレンジピールが、よくきいています。
 右のほうは、よくあるパイ菓子ですが、セビーリャではパルメラ、ヤシの葉と呼ぶそうです。お砂糖と卵の黄身のアイシングが、ぞ~っとするほどかけてあり、もちろんまずいはずがありません。

 きょうはどさくさまぎれに、甘いものをたくさん食べてしまったなあ。

 
2025年12月11日(木) オルベラとセテニル村(往復264キロ)
SEVILLA


今朝はよく晴れています。



 アパートの中庭の水たまりも、すっかり乾いて、朝日が気持ちよく射しこんでいます。


Mercado de Triana



 お宿から歩いてわずか1分、トリアナ市場へ。





 たぶん5000㎡弱くらいの、歩き回りやすい市場です。
 小ぶりなお店がたくさん並んでいて、それぞれのタイル装飾もきれいです。

 



 観光客向けの、こういう生ハムやチーズなどを詰めた紙のコーンも、少しは並べてあります。でもほとんどは、ふつうの市場らしい商品です。




 キノコがいろいろありますね!これは買わなくては!
 左上のは焼き芋。ペルーのと同じ、濃いオレンジ色のサツマイモです。

 


 鮮魚店が何軒かあります。きのうの海の香りを思い出します。




 このウロコ型タイル、鮮魚店にはぴったりですね。
 リマにもこれくらいの、小さくても充実した、きれいな魚屋さんがあると、ほんとにいいのですが。




 ペルー沖の海なんて、地中海や大西洋とは、比較にならない豊かさのはずなのですが…。
 リマのスーパーや市場の魚の種類、悲しくなるほど少ないです。漁船が直接横づけするような卸市場へ行けば、もう少しは見つかりますが、それでも大したことありません。

 ペルーの人たちは、食に関してはたいへん石頭で、一年中同じものばかり食べるのを好みます。だから一般になじみのない魚や魚介類は、きっとだれも捕まえようともしないのでしょうね。




 La Ratonera (ねずみの穴、もしくはねずみとり)という名の、チーズとハム類とワインのお店。



 チーズの上でねずみたちがくつろいでいます。
 日本だったら、賛否が分かれそうな店名とディスプレイですが、私は好きです。



 この市場の近所に住みたいなあ。
 今のお宿は、ここから徒歩1分なので、よく考えると超優良物件。
 インテリアのつまらなさには目をつむって、長いこと滞在して、この市場でちょいちょい買い物しては、昼からワインを飲みつつお魚を焼いてすごす、なんていいかもしれません。





 パン屋さんにも、おいしそうなのが揃っています。





 こちらはイートイン・コーナー。日本の友人にこの写真を送ったら、「…えっ!牛のくびの下で食べるの?!」と驚かれました。たしかに、まともな日本人ならそう思いますよね…
 おそらくセビーリャの闘牛場(ここからすぐの川向う)で、みごとな闘いぶりを見せた、名のある牛たちの遺品と思われます。



 

 とまあ、とても楽しいトリアナ市場ですが、この市場の前身はサン・ホルヘ城、つまり恐ろしいセビーリャ異端審問所がおかれていた場所です。しかもけっこう最近の1785年まで存続していたそうで。(市場の地下には、異端審問所の遺構を展示する博物館がありますが、私は怖いので行きません!)

 また、トリアナ市場と私のお宿のあいだにある、グアダルキビル川につながる「異端審問小路」は、審問所に引き立てられていった人々が、最後に通った小径だそうです。彼らのほとんどは、拷問で殺されるか、広場で焼かれて死ぬか、どっちかだったはず…(幸運な例外って、少しはあったのかしら?…)
 




 こうなると、牛のくびの下での食事なんて、大した問題ではなくなりますね。あの場所で買い物や食事が楽しめる時代に、自分が今いることが、ただ嬉しいです。

 いわくつきのトリアナ市場の前の、街路樹のオレンジの下で、あたたかな朝を楽しむ、すてきな銀髪の奥さんを見かけました。地球はいま、気候含むいろんな面で調整中のようですが、それでも総合的にみると、歴史上まれにみる幸せな時代なのではないかと思います。

 
 



 今日は、お宿からすぐの、イタリカ遺跡に行くつもりでした。
 はたちの初スペインで、セビーリャ見物のあと、コルドバに向かうバスの中からチラっと見えた、「イタリカ遺跡はあっち」という看板が、なぜか目に焼き付いて忘れられなくなりました。

 帰国後しらべると、なんとトラヤヌス帝とハドリアヌス帝の出身地とのこと。それで今回は、わざわざイタリカ遺跡に至近のトリアナ地区に、宿を見つけたのですが…
 


 
 …珍しくも宿六が、異議を唱えました。
 「ローマ遺跡はどこも同じだから(それはたしかに一理も二理もある…)、それよりどこかお城のある白い集落に行ってみたい」と。しかたないなあ…

 でも私はまだ、イタリカ遺跡に心を残しつつ、南へ向かいます。いつか落とし前はつけます。


OLVERA



 オルベラの白い集落が見えてきました。

 


 
 周囲は、だいぶ飽きたオリーブだらけの風景。でもここは起伏がおもしろく、新鮮な感じがします。
 


 600メートルほどの岩山の上に、小さな古城がのっかっています。あそこまで登るのか…
 



 

 またも何も調べずに来たので、迷いながらお城をめざします。
 お役所の清掃係らしいホウキを持った女性が、ほんとに嬉しそう&自慢そうに、道を教えてくださって、嬉しかったなあ。やっぱり南はいいな。
 その坂道を登るにつれて、見晴らしが開けていきます。可愛い広場も見えますね。



 あ、これってセビーリャのビールの看板ですよね?



 さっきトリアナ市場で、Cruzcampoのビールケースを積み上げた、幸せいっぱいのクリスマスツリーを見ました。シンプルだけど良い広告ですよね。
 その前で、ひどく嬉しそうに写真を撮ってもらっていたおじさんも、なんだかかわいらしい。

 また左の看板も、中世風にデザインしてあるのが、良い趣味です。

 
 




…いくら格安なDacia車でも、
「壁の崩落危険」と書かれた壁ぎわには、
停めないほうがいいと思う…

 お城への登り道で、あまりの安さにヨーロッパで爆売れしたという、Dacia(ダチア)の小型車にあいました。
 
 もとはルーマニアの会社ですが、ルノー傘下に入り、その後ペルーなどラテンアメリカ諸国では、ちゃっかりルノーのエンブレムをつけて販売しています。(うまい商売というべきか、きたない商売というべきか…)
 でも、適度にルノーや日産の技術を取り入れたダチア車、お手軽価格の上にたいへん優秀です。私たちも50代には、ブラジル生産のDusterというクロスオーバー車(恥ずかしいルノーマーク付)に乗っていました。

 60代に入ると、内装のプラスティック感が少しわびしくなり、別メーカーにかえましたが、今でも見かけるたびに(低価格な名車なので、リマでもうじゃうじゃ見かけます)、懐かしく思います。ほんと欠点のない、乗り心地が良くて大荷物も積める、とにかく便利な良い車でした。(唯一、窓の風切り音だけはうるさかった)
 
 
 
Castillo árabe de Olvera


 お城に着きました。
 12世紀に、ナスル朝時代のグラナダ守備のために作られたという、イスラム起源の城砦です。
 それが14世紀にキリスト教徒の手に落ち、いくらか改修がなされ…という、スペインのほぼすべてのお城に共通する歴史ですが、そのおんなじような話を、私も毎度、飽きもせず楽しんでいます。



 とてもいい感じのお城でしょう?
 幅の狭い岩山に合わせ、不規則な形に造られたこの小さなお城、見るからに守備に命をかけた古めかしさがたまりません。敵兵が必死に城壁にとりついているところが、見えるような気がします。




 なんて言っていたら、お城の小さな博物館に、こんなかわいい展示がありました。(小学生の遠足向けの展示かな…)
 イスラム教徒が支配する城を、キリスト教徒が今まさに攻略中…のように見えます。
 …とすると、「あいつら」のせいで、イスラム教徒の次にひどいめに遭ったインカの末裔としては、キリスト教兵の脚を引っぱりたくなるのが、自然の理ですね。

 


 博物館に掲示された地図。今いるオルベラは、赤い矢印のところ。
 14世紀、イベリア半島さいごのイスラム教徒の砦となったグラナダ王国の、まさに国境ぎりぎりに聳えるお城だったのですね。
 いいかげんに、「セビーリャに近そうな白い集落は?」と地図上で探して来ましたが、大当たりでした。

 



 お城から眺める、オリーブだらけの風景。
 こうして訪問済みのお城がふえるにつれて、イスラム教徒とキリスト教徒の無数の小競り合いや、それらを全部飲み込んだレコンキスタの大きなうねりが、平面の地図上ではなく、立体的に思い浮かべやすくなるのが、なんとも楽しいのですよね。


 




 博物館で見た、オルベラの白黒の航空写真。

 GoogleEarthと比較すると、今もこの集落は、さほど拡大していないようです。住民にとって、それが良いことかどうかは、わかりません。でもそのおかげで、こじんまりとまとまった、美しい村の風情が、今も保たれているのでしょう。

 



 1960年ごろのオルベラの人々。女性は壺を手に、水汲みの順番を待っているようです。
 1960年って人類の大半にとっては、すごい昔なんでしょうけど、私1964年生まれだからなあ…。代官山の同潤会アパートは、さすがに水道はあったのでオルベラには負けますが、でもポンプ式の共同井戸は健在で、みなさん何かというと利用していましたね…

 左の女性の笑顔が、ゼラニウムちゃん(庭師ベンハー君の奥さん)に似ています。右の女の子も、彼女の娘の百合子ちゃんに似ている気がします。
 ベンハー君とゼラニウムちゃん夫妻は、アプリマックとアヤクーチョの県境にある村の出身で、そこのお祭ビデオなど見ると、人々の顔立ちに明らかにスペインの血が見てとれます。

 




 狭い城内では、こんなものが展示されていました。ここから10キロほど西で発見された、ローマ時代の彫像展示台(の模造品)だそうです。
 彫られた文面から、この上にトラヤヌス帝の像が載せられていたことがわかります。地元出身の皇帝ですから、神のように崇められていたのでしょう。
 (…さては今日の私の、イタリカ遺跡への怨念が、こんな形に物質化したか…?)


 
 



 イスラム時代コルドバの銀貨。
 これはそのうちひとつ、手に入れてペンダントにしたいな。
 


 お城の受付の女性が、「私が大好きなレストランがあるんです!」と熱心に教えてくれたお店。
 人の少ない季節ですし、このようすではてっきり閉まってる…と思いましたが、大丈夫でした。貸し切り状態で、温かなおいしいものを出して頂きました。
 



 お水はポルトガル産。手になじむへこみがついた、かわいい壜。たしかにここからだと、ポルトガルはとても近いです。げんに、お店にあとから入ってきたのは、ポルトガル人の旅人でした。

 ここからすぐ南の、かつては山賊がよく出没したロンダ山系をさまよって、そのあとポルトガルまで出て、「あのベルトラネハの旦那の、ポルトガルのアフォンソ5世が、スペインまで進軍して来ちゃったのも、こんなに近かったのなら気持ちはよくわかる」などと、車で走って実感できるような旅程も、いずれ組んでみたいです。

 
Ensaladilla(ジャガイモのサラダ)

 レストランの女主人は、とても感じの良い人で、「ぜひ、ここからすぐのセテニル村に行ってください」と勧めてくれました。
 彼女はその村の出身で、結婚してオルベラに移住するときは、「ああ私はこうして、ついに故郷を捨てるのだ…」と、なかなか悲壮な決意だったのだそうです。



 こちらはCarrillada(豚の頬肉の煮込み)。
コラーゲンの多い、
とてもやわらかなお肉です。


 「でもあなたは、日本から地球の反対側に移住したのよね?そして今、そこから別の大陸のスペインまで、旅行に来てるわけね。なんだかすごいわ。
 私は故郷から15キロ離れたところに行くだけで、悲しかったのに。そんな大きな決心、私には想像がつかないわ!」
 と、なぜか感心?されてしまいました。私は自分の尊厳を守るために、故郷から逃げただけでしたが…
 
 


Labo de toro(牛テールの煮込み)。

 素朴ですが実のある、とても良い料理を出すお店でした。
 この日は、都合でデザートを用意できなかったそうで、それだけが残念でした。


 



 オルベラの駐車場に行く途中、出会った猫さん。
 ここもレストランなのかな?圧力なべがたくさん置いてあります。(でもその上に猫座らせちゃだめですよね…)

 



 レストランの女主人の故郷、セテニルに向かいます。
 道中、すてきな山羊の群れに遭遇!
 この山羊たち、オリーブの葉をもらっているようですね。ああ、よくわかります…アルパカたちですら、オリーブの葉は喜んで食べるんですから、先祖代々オリーブの下で過ごしてきた山羊なら、当然とてもおいしく感じるはず。


 



 大きな納屋に、ぎっしりと積み上げてあるのは、山羊の主食の干し草かな?



 目を上げると、後ろの岩山に、山羊たちが何十頭もはりついています!
 
 



 山羊は本当に、危なっかしい岩場が好きですね。
 親子連れもいて、見ているだけで不安になりますが、足場がわるいからこそ得られる安全が、心地いいのかな。


 



 長い山羊ひげをたらした、神獣みたいな立派なオスがいます。
 一頭のメスと向かい合って、まるで彼女の身の上話を、聞いてあげているように見えます。まるでクリスマスのナシミエントの一場面です。

 (うちのアルパカのチャスキも、本当はこんなふうに、メスたちに囲まれて暮らしたいのでしょうね…)
 



 走り抜けた集落、トーレ・アルアキメ(Torre Alháquime)にあった、ロバを連れた農民像。ロバが振り分け荷物で運んでいるのは、メロンのようです。
 アルアキメという地名は、もうたまらなくアラビア語風ですが、やはりアル・ハキム、賢者が語源と考えられているとか。

 スペイン語圏では、アラビア語はちょっとはわかるほうが、いろいろおもしろそうですよね…。
 でも前にアルファベットの暗記だけで挫折したので、ここは割り切ってローマ字表記で、スペイン語化している単語の元ネタだけ、少し覚えてみようかな。




 前方に、目の覚めるような黄とオレンジ色の畑が見えてきました。
 何が植えてあるのでしょう?

 
 



 車を降りてよく見ると、アスパラガスでした。





 そうか、アスパラガスって、黄葉するのですね……
 パチャカマックのうちでは、勝手にアスパラガスが増えていますが、寒さが足りないせいか、ついぞ黄葉したことがありません。だから常緑なのだと思い込んでいました。(←リマ生活あるある)



 まず鮮やかなレモン色に黄葉して、それからだんだん銅色に深まっていくのかな?




 しばらくアスパラガスに目を奪われていましたが、何かに呼ばれた気がして、ふりかえってみると……あれは雪山?それとも岩塩の白?
 いえ、さっき出たばかりの、オルベラの集落ですね。





 これは美しい!絵本の中のお城そのものです。
 遠くから、こんなにくっきりと見えるのですね。お城からの見晴らしが、あれだけ良かったわけです。



 金色のアスパラガスと、銀色のオリーブを見ながら、車でもうすこし進むと…


Setenil de las Bodegas



 間もなくセテニル・デ・ラス・ボデガスに着きました。
 レストランの女主人の、ふるさと自慢に偽りなしで、これはおもしろそうな集落です。




 
岩を掘って作った家並に見えますが、そうではない由。
 川の浸食で作られた洞窟に合わせて、家を建てて行った結果、岩盤にサンドイッチされたような、こんなおもしろい眺めとなったそうです。





 セテニルは、グラナダ王国を守る、さいごの砦のひとつだったようです。
 1400年代の初めから、代々のカルティーリャ王が何度も攻撃をしかけたものの、陥落させることができず、やっと1484年になって、例のブルドーザーのようなカトリック両王によって占領されたそうです。





 今は閑散としていますが、夏のハイシーズンには、ここは竹下通り並みに混むらしい…





 奇妙でおもしろい集落なので、もうすこし歩いてみたかったですし、有名なロンダまで、ここから20キロもないはず。でも日没はもうすぐです。
 オルベラまでの帰り道には、街灯なんか一本もない!とわかっています。やはり、光があるうちに、引き返したほうが良さそうです。


 



 どんどん暗くなる細い道を、ぼんやりと白く見えるオルベラめざして走ります。
 レストランの奥さんのおかげで、今日は予定外の楽しい出会いが、いろいろありました。



 そして今日さいごの出会いは、日が暮れる直前に見つけた、「イノシシ飛び出し注意」の看板。向こうから来るトレイラーに、ものすごく怒られながら撮影。そりゃ危ないですよね、ごめんなさい、でもこれは見逃がせません。
 鹿と牛の看板はいくらでもあるけど、イノシシや山猫の飛び出し注意は、けっこう貴重品です。
 (しかし夜、こんなところでイノシシに体当たりされたら、まず命はないでしょう…。どうやって注意したらいいんだか?
)


SEVILLA



 イノシシにも鹿にもあわず、夜9時前にセビーリャに戻りました。
 今朝、トリアナ市場で買ったもので、急いで夕食にします。こういうのがまた、民泊の楽しいところ。

 いちばん奥の espárrago trigueroは…ワイルドアスパラガスと言えばいいのかな?(でもおフランスのお高級野菜の、茎がつるっとしたワイルドアスパラガスとは別種)…は、とても痛いトゲだらけでした。でもオリーブオイルでじっくり焼いたら、柔らかくなりました。
 栽培種のアスパラガスより、快い苦みが強くて、食べると疲れがとれる味です。

 



 それからこのへんの自生のキノコ(niscalos) と、栽培種のseta de cardo(つまりエリンギ)のオリーブオイル焼き。私たちは日本でエリンギが流行る前に、ペルーに移住したので、エリンギってちょっと珍しくて嬉しいです。
 あとはドングリハムと、残った野菜の整理です。明日はこのおうちを引き払い、コルドバに向かうので。
 あ、それからトリアナ市場のオレンジとトマトは、旅行中あちこちで買った中では、いちばん新鮮でした。
 
 それではおやすみなさい。また明日!

旅はつづく



(2026年9月11日に載せました)

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