一服いかが? Un matesito ?
(今頃になって、ふと、matecitoが正しい綴りではないか?
と思い当たりましたが、30年近くこれでやってきたので変えません。
ネイティブの宿六が指摘してくれなかったことだけが、引っかかっています)
<パチャカマック生活での主な登場人物>
ミチカ桜、ペルーナイト柳など…出資者様のお名前や、某秘密結社名を冠した、大切な樹木群。 ハシンタ猫…約20歳で母船に帰還。ハスミン猫…17歳半で母船に帰還。ハシンタ二世…約10歳で母船に帰還。
ハスミン二世(ハスミニ)…約8歳。ハシンタ三世…4歳?5歳?「小さな家」の住人たち…アプリマック県出身の庭師ベンハー君(40代半ば)、奥さんのゼラニウムちゃん(40代はじめ)、次女の百合子ちゃん(14歳)、三女マグノリアちゃん(4歳)
(以上呼び名はすべて仮名です)チャスカ(♀)とチャスキ(♂)…プキオ生まれのアルパカたち。
コヤチャ(♀)…パチャカマック生まれの仔アルパカ&そのまた仔アルパカのインティ(♂)、そしてコヤチャの弟のアマル―(♂)と妹のパカリーナ(♀)サルボ改めエストレジータ、ビビ、ディナ…カタカオス生まれのメスの七面鳥たち。
グリンゴ(♂)…パチャカマック生まれのオスの七面鳥。名無しの子供たち多数宿六…巳年のリマ生まれ。本宅の住人。
私…辰年の代官山生まれ。本宅の住人。フランクリン君…近所の園芸店のお兄さん。ワンカベリカ出身。大抵はいないけど、最高に困ったときは必ず助けてくれる不思議な人。ワン公も引き取ってくれました。
2026年9月25日(木) 最低21.0℃/最高23.4℃ 霧雨、曇り、一時快晴、それからまた曇り…
<スーパー・エルニーニョの海にようこそ!>
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季節はずれの、さわやかすぎる上天気に誘われて、久しぶりにリマ市内から海を眺めてきました。
エル・ニーニョ現象の発生源として、「ペルー沖の海水温」という言葉がよくニュースに出てきますが、まさにその海ですね。
今回のスーパー・エルニーニョでは、首都リマ沖の海水温も、盛大に上がっています。
通常なら16℃~17℃なのに、たとえばこの日(9月16日)は20.5℃、今日(9月25日)は21.6℃を記録しています。そりゃあ毎日あったかいわけだわ。
赤道にけっこう近いリマは、いつもはフンボルト寒流のおかげで涼しいだけだ、ということを、エル・ニーニョ現象が起きるたびに実感します。
「暖冬になる」のではなく、夏そのものになってしまいますから。
冬のリマらしからぬ、なんという快晴…
ところでこの大きなアパート、いつ出来たんでしょう?私が気づかなかっただけで、10年くらい前かな?
大昔、ここには眺めの良いレストランがあり、それがつぶれたあと、長年、不気味な廃屋が放置されていました。一等地なのにもったいないなあと、前を通るたびに思っていましたが、相続問題でもあったのかな。解決したなら、関係者の皆さんほんと良かったよね。
リマの崖沿いのアパート群は、冬には白い霧にまかれて、居ながらにして飛行機旅が味わえる…らしいですが、今はエル・ニーニョのおかげで、住民のみなさんは常夏気分を楽しんでらっしゃることでしょう。
こちらはご参考まで、ふだんの冬の、海の色。(2014年11月に、pacollamaさんといっしょに見た海)。
だいぶ春めいた11月ごろでも、こんなものです。冬のあいだ中、無彩色の世界になっているのが、本来のリマの海です。
なので、今のこの光の強さは、例年なら、夏にさしかかる12月ごろの感じですね。
…あら、画面左のまっかっかなパゴダは、いったいなんなんでしょう。このあたりはリマでほぼ唯一、きれいな場所なんですから、そこに変なものを設置するのは、ほんとやめてほしいなあ。そういえばもう少し北には、ハチ公像の写しが置かれたシブヤ公園?!というのもあるらしい…(ハチ公は幼少期の散歩コース、懐かしいので、そのうち会いに行ってみようかな…)
しかしですね、この大きなパゴダと、小さなハチ公は、ペルーにおける中国と日本の、存在感の大きさの違いを、如実に表しているようにも思われますね。別に日本が、がんばってペルーで存在感示さなくてもいいけど、昔から貢献している割にはどうも目立たない、とても損なやりかたをしている、という気はどうしてもしちゃいますね。
やはりパゴダなんかは見えないところのほうが、リマらしい。
この崖の上から海辺まで降りる遊歩道なども、だいぶ整備されたようです。また登るのはいやなので、今日は降りませんが。
サン・ロレンソ島と、細い岬のラ・プンタの先の先まで、はっきり見えています。
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リマ市内で18年ほど暮らしていた当時は、思うにまかせないことばかりで、私たちの気分が行き詰まるたびに(つまりほとんど毎週!)、このへんをぐるぐるとドライブしていました。若かったこと自体は懐かしいけど、死んでも戻りたくない時期ですねー。
だからたまにリマ市内に来ると、とても複雑な気分になります。たとえて言うなら、
「むかし若かったころ、『もしこの人を心底好きになれたら、私はきっと完全に幸せになれるはず』と信じて努力したけれど、どうしても本当には好きになれなかった元カレ(=リマ)を、車窓から見つけて、いつのまにか長い年月が過ぎたなあと、いま静かに眺めている…」
みたいな気分になります。
でも、問題はリマ自体じゃなくて(…いえ、リマにも問題は多々あるけど…)、当時の私の未熟な心だったと思います。
もしリマではなく、大好きなスペインのどこかに移住していたとしても、結果は同じだったことでしょう。自分自身を本当に理解し、本当に好きになっていない状態で、自分の外にいくら崇拝する対象を探しても、なんにもならない、というだけのことですね。
帰りがけ、すてきな車に会いました。
1995年にリマに来たときには、まだいっぱい走っていた、フォルクスワーゲン・ビートル。今どきの車にはまずない、この堅牢なチョコレート色の塗装が、たまりませんね。
2000年ごろだとまだ、「ビートル(escarabajo)エンジンなし、本体のみ100ドル!」なんていう、ある種ものすごい広告が、ときどき新聞に載っていました。その気の毒なビートル君には、いったい何が起きたのでしょう…エンジン盗まれたのかな…。
もし今、そんな売り出し品があったら、すぐ買って、うちの庭に飾るのだけど!
ついでなので、さいきん自動車関連でちょっと楽しかったこと、二件。
走行距離11111キロのきれいな表示を、宿六が運転中につかまえました。買い替えて1年9ヵ月ですが、ぜんぜん走ってないなあ。家にばかりいますからねえ。
しばらくは、「ルノーを詐称するダチア」(詳しくは「スペインうわのそら紀行」の、オルベラ村をごらんください)に浮気してから、また大好きなフィアットに戻りました。いわば「第三世界向け」にブラジルで製造されている、日本にはないモデルです。すごく気に入ってます。
それから…長年探していた、「クイ(テンジクネズミ)ナンバー」の自動車に、ついに遭遇!!これはかわいい!
もうひとつ長年待っているのが、私が大好きな言葉、「WTF」が入ったナンバーです。
(まったく下品ですみません、でもリマ市内で車に乗っていると、これ以外のお上品な表現では、怒りを含む深い驚きを、とてもじゃないけど表現できない、そんなすばらしい運転ばかり目にするものですから…。しかも年々、ますます酷くなっていくのですよ)
でも、ローマ字だけの古いナンバーはじわじわ減少中だし、見つけるのはむずかしいかな?
<14年目のパチャカマック>
今年もまた9月5日がやってきて、パチャカマック生活は14年目に。 木々や動物たちや、立て続けに起きる異常気象や、そして時にはお手伝いさんとかにもふりまわされながら、夢中で過ごしてきたので、家の手入れはまったくしていません。もはやお客さんなんて、ぜったい無理。 そろそろ何とかしないとなりませんが、とりあえず今は、木々に埋もれてボロ屋がほとんど見えなくて、ちょうどいいですね。 |
同じ9月5日に、4月生まれのパカリーナ姫が、生後150日目を迎えました!
かわいらしくて、でも食欲は旺盛な、とても良い子です。まだ5か月ですが、ゆうに9か月くらいには見えます。 母チャスカは、早くもお乳をやらなくなりました。本来なら断乳は12月のはずでしたが、アルパカのお母さんはカレンダーを見て成長記録をつけたりはしてませんから、パカリーナ姫の育ちぐあいに満足し、自然とお乳が出なくなったのでしょう。 おかげでパカリーナは、哺乳瓶を持ってくる人間にますますなついて、ますますかわいいです。 |
姉のコヤチャ姫に、いつも つきまとっているパカリーナ姫。 その下で一心に草を食んでいるのは、 最恐アルパカのチャスカ様。 パチャカマックでも、まあ当然ながら、異常気象がつづいています。
こういう上天気の日(最高気温25~26℃)と、終日曇って夜は小雨が降る日(最高気温21~22℃)が、ランダムにやってきて、ちょっと自律神経おかしくなりそう。エル・ニーニョ現象は何度も経験しましたが、このパターンは初めてです。 |
こちら男子修道院です。左から、 「キレやすいけど人なつこい犬」タイプのアマルー、 人に向かって唾など吐いたことのない、上品なインティ、 乱暴者だけど実はいちばん小心な、父チャスキ オスとメスを分けた当初は、オスたちがデスマッチを繰り広げ、大いに心配しましたが、最近はおおむね平和です。
三頭とも、無意味な闘争に疲れたのでしょう。人類も早く、そのレベルに到達してほしいものですね。 チョコレート・アルパカのアマルー君は、キレやすい性格は母チャスカそっくりですが、人なつこいところも失わずに成長中。私たちが腕を広げて、「アマル-!」と呼ぶと、犬みたいに飛び込んできて、ぎゅーっ!とさせてくれます。 以前は、アルパカなんてみな同じようなものかと思っていました。でも、全員性格が、まるで違うのですよね。いまだに日々感心しています。 |
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旧グラナダ王国こと、新しい庭の東西の壁に、ポプラを植えました。これはトラックで、40本の苗が届いたところ。 「大きなトラックでは通路を曲がれないので、気をつけてくださいね」と、何度も念を押しましたが、園芸店のイサベルさんは完全無視で、大きすぎるトラックで到着(ペルーあるある)。 おかげでみなさん、一本ずつ担いで奥まで運ぶ羽目に。でも私たちのせいじゃないよ… |
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庭の壁のむこうに見えるロマス(冬だけの沙漠の花園)には、緑がよく育っています。
以前はエル・ニーニョの年には、必ず霧雨不足で、ロマスもカラカラに乾いていました。でも今回は、曇り日にはたっぷり霧雨が降ります。少なくともそれだけは、これからどう転ぶかわからない、スーパー・エルニーニョの良いところです。 すぐ向かいのロマスでは、冬場の観光で、多くの若者が生計を立てていますから、きっとみなさん、とりあえずほっとしていると思います。 どこかシルクロードの香りがするポプラ並木は、ずっと私の憧れでした。 新しい庭は、100%アルパカ用なので、大きな陰を作って芝の育ちをわるくする樹木は、植えられません。しかしご近所さんは、ひどい違法建築ばかりで、たいへん美しくない状態なので、目隠しは必要です。その条件にぴったりなのも、ポプラでした。 |
ひとつだけ問題があり、それはアルパカたちはポプラの葉が大好物!…ということ。
だから根付く前に、すぐ倒され、食い尽くされるに決まっています。(皆様の夢をぶちこわすようなことばかり、いつも書いて申し訳ないのですが、アルパカって食べることに関しては、ほぼ狂暴と言っていい動物です。ふわふわ優しく弱々しい動物なんかじゃ、まったくありません) そこでベンハー君が、アルパカ阻止柵を作ります。アルパカの口がぎりぎり届かない位置を見極め、そこにロープを張ってから、作業を進めます。 ただアルパカのポプラ好きには、良い面もあります。ポプラは地下茎で猛烈に増えますが、アルパカたちがこまめに芽生えを嚙み切ってくれるので、庭がぜんぶポプラ林にならずにすんでいます。 |
| とりあえず完成したアルパカ阻止柵。おそらく5,6年は外せないと思うので、できれば感じのいい色に塗りたいですね。うしろの壁の、見苦しいセメント部分もどうにかしたいです。 でもまあ、そういった手がかかる割につまらない仕事は、家庭用AI搭載ロボットの開発を待つとしますか。 AIを怖がる人もけっこう多いようですが、単純作業をすべてAIに任せられる世界が到来すれば、人間は自分が楽しい仕事だけに時間を使えて、すばらしいと思うんだけどな…。きっとそのころには、AIが生産面も全部請け負って、それぞれの国のためにうんと稼いでくれるでしょうし。 個人的には、私の好み通りに調理してくれる料理人ロボットの登場に、いちばん期待しています…そのときこそ、私は本当に自由になれることでしょう… |
あ、そうそう、フジモリ新大統領ですが…
7月の就任式は、テレビでちらっと見ました。でも、意味なく胸もとが開いて、裾がぴらぴらしたワンピースをお召しになってご登場…というのを見た瞬間、こりゃあかん…と、完全に興味を失いました。 一応当地のニュースの、タイトルだけは見ている宿六に、「その後、新大統領は仕事はそつなくこなしているの?あなたが期待していたような、大きなプロジェクトの話はそろそろ出てるの?」と聞いたところ、一瞬の沈黙ののち、「…インスタグラムは、よく更新してるらしいけどね!」以上終り。とのこと。 でもなんか、もうそれでいいような気がします。たったひとりの政治家で、国や人々の運命が変わるような時代は、もういいかげん終るべきですから! パワーゲームで儲かる時代が終りかけていることは、わかる人にはわかっているはず。だから、ちょっとでもまともな人が、いま政治家を目指すはずがないわけで。 ペルーに来ていちばんよかったのは、歴代の政治家たちがあまりにひどかったので、自然と、「じぶんが住んでいる国を一切あてにせず、(大きな組織に属さない人間には極めて冷たい母国も、もちろんあてにせず)、自力で生きていく手段」を、追及するほかなかったことです。ハハハハハ… ほんとペルーには鍛えてもらいました。ここでは、反面教師はよりどりみどりですから。 |
2026年7月22日(水) 最低21.5℃/最高22.7℃ くもり
<ワールドカップの有効利用>
ペルー大統領選は、ご存じのように、ケイコ・フジモリ氏が辛くも勝利しました。
私のペルー人の知り合いのあいだでは、おおむね好意的に受け止められているようです。まあねえ、対立候補があんまりでしたからね、無理もないですよね。
先日行ったいつもの歯医者さんも、「とりあえず今回は助かったわよね!あとはケイコが、リマの治安をなんとかしてくれるといいんだけど」と言っていました。
彼女は私の歯のクリーニングをしながら、こんな話を聞かせてくれました。
「さいきんのリマがあんまり物騒だから、友人がこのあいだ、大きな金庫を買ったのよ。どれくらい大きいかっていうと、専門の業者がトラックで配達して、壁に大穴をあけて固定しないとならないくらい、大きいんですって。
でね、その数日後… なんとまあ、機関銃で武装した泥棒が数人、彼女の家に押し込んだの!
で、泥棒のボスが言ったわけよ、『あんた、さいきん大きな金庫を買って、寝室に設置したろう?すぐそれを開けろ!開けなければ命はないと思え!』
友人はまだ、わずかな現金だけしか、金庫にしまってなかったんですって。でも、幸い、というかなんというか、泥棒はそのお金で満足して帰っていったそうよ。
だからね、今はぜったい、金庫だけは買っちゃだめよ!もれなく強盗もついてくるから!」
…おそらく、大型金庫のまわりに、関係者全員が儲かる、すばらしいビジネスモデルが構築されているのでしょうね。金庫販売店、運搬取り付け業者、被害者を選定する調査班、そして実行犯たる強盗さん。さすがペルー…
歯医者さんも私も大笑いして、歯医者さんの手が滑って、私の歯茎はそのあと数日、出血しておりました。以上、さいきん聞いたちょっといい話、でした。
お話変わって。ワールドカップ開催時には、私たちはいつも、ペルーでウケそうな試合をカレンダーにメモしています。テレビで見るためではありません。街が空くので、それを利用してのんびり外出するためです。(あ、私たちが外出しても、ベンハー君は残って試合を見てますし、また泥棒もきっとどこかで試合を見ているので、空き巣の心配はゼロです)
まず準決勝の某日は、毎年恒例の、アマンカイ開花調査に使いました。
ふつうエル・ニーニョ現象のときは、
乾燥したまま休眠するロマスですが、
今のところゆっくりと緑に変わってきています
リマのお天気は、あいかわらず発狂状態です。(明らかに、今の人類の心理状態を反映してますよね…)
冬なのに快晴の夏日が多く、しかしそこに霧雨の日もちょいちょい混ざります。でも小雨の日も例年のようには冷え込まず、20℃ちょっとはあって、生暖かいのです。ものすごく変です。
エル・ニーニョ現象は、もう何度も当地で経験しましたが、今回のは、初めてのパターンです。
暖かいのに霧雨が降るので、パチャカマックのロマス(冬限定の沙漠の花園)では、少しずつ緑が育っています。とりあえずそれは、ちょっとほっとする光景です。
かつては冬ごとに、みずみずしい緑に覆われていた丘でも、こんなふうに乱開発が進んでいます…
ロマスに作られた別荘地の中には、土を動かすとき、出てくるアマンカイの球根を集めて、ちゃんと別の場所に移植しているところもありますが、それは数少ない例外。
ほとんどの場所では、ペルー固有種の貴重なアマンカイに対して、なんの配慮もなく、ただの砂利の山として処理しています。
でも、まだ売れていない宅地では、わずかにアマンカイが芽を出しています。
ここもまた、いつ破壊されるかわからないので、まめに通って、タネを採取しておこうと思います。
破壊が進むロマスで、今年もアマンカイの香りを感じられて、とりあえず満足です。
わが家の実生のアマンカイも、もう何年も異常気象つづきで、あまり元気がありませんが、生き残ったのを大事にしています。
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パチャカマックの「ミニ・クスコ」。
ロマスからの傾斜地に広がるトウモロコシ畑が、まるでアンデスのようで、帰路はいつもちょっとここで車を停めてもらいます。
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以前は、パチャカマックのうちのすぐ近くにも、トウモロコシ畑はいくらでもあったのですが。このミニ・クスコは、いつまで残ってくれるかな?
でもよく見ると、うっすら緑になったロマスの中腹に、見苦しいセメント壁が、蛇のように巡らされています。去年はこんなのあったかしら??宅地開発ではなく、アマンカイ保護と関係のある壁なら、まだいいのですが。
それにしても、この国には、いまだに「美観」という観念がありませんね。
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まだ丈の低いトウモロコシ畑の近くで、
羊を放牧する人たち。
うしろは、急斜面に広がるジャガイモ畑。
(2007年1月のマンタロ渓谷で)
ふたたびお話変わって。
VPNサービス利用で、ネットフリックス日本版を見られるようになりました。日本のドラマが大好きな宿六は、おかげでたいへん幸せな日々を送っています。
ドラマに没入できない私は…しかたなくつきあっています。
でもあるドラマで(きのう何食べた?だったかな?)、搾菜と豚肉の炒めものが出てきて、それ以来私の頭は、搾菜でいっぱいになってしまいました。
大昔には、リマ・セントロの中華街で、ときどき搾菜や皮蛋を買っていました。でも、当時よりはるかに渋滞がひどくなった今は、セントロには近づくのもいやです。
そこでワールドカップ決勝戦の日には、サン・ボルハ界隈のアジア系のお店をまわってみることにしました。
ワールドカップ決勝戦当日。
日曜午後なのに、ひとけのないリマ市内。
いつもこうならいいのに!
しかも曇り日に当たって、
涼しくてとても楽です。
まず和食材のお店へ。こんな小ぎれいな店ができてたんですね。
ポッキーのような、アニメファンが喜ぶお菓子が多く、今後、百合子ちゃんへのプレゼント探しに便利そうなお店です。
次に、この界隈ではいちばん大きそうな、中華系のお店へ。
ン十年前の、リマ・セントロのお店とはまったく違って、商品はどれも新しそうです。
ここできくらげや乾燥レンコンなど、試しに買いました。乾燥させたハスの実もあって、つまり理論上、蓮餡も自分で作れそうですね…今後の研究課題とします。
でも搾菜だけは、見つかりませんでした。
近くの別のお店も訪問。
ふだんのリマでは、うっかりすると交差点で曲がるだけで、何十分もかかったりします。
本物の渋滞ならまだいいのですが、みな我先に車の鼻先を交差点に突っ込んだ結果、すべての車がパズルのようにぴたっと嵌り、身動きがとれなくなるという、リマならではの愚かすぎる局地渋滞です…
なのでリマ市内へ行くときは、よけいな寄り道をせず、最低限の用事をさっさと済ませるように勤めています。でも決勝戦の日はガラガラで、どこでも気楽に立ち寄れます。
ワールドカップ、毎年やってくれればいいのに!
このお店では、白慈姑(シログワイ)の缶詰を安売りしていて、嬉しくたくさん買いました。でも、搾菜はありませんでした…。
しかし、親切なお店の人が、「たぶんアビアシオン通りの店にあると思います」と教えてくれました。
それがこちらのお店。搾菜と皮蛋、レンコン水煮などもあり、万々歳!
教えてくださったHong Kong Marketのおじさん、ありがとう!
本日の戦利品。ほかに納豆や、百合子ちゃんにあげるポッキーなどを買いました。
ひごろ私は、加工食品を何も使わず、生の食材と日々孤独に格闘しています。それは宿六の心身の健康にはとても良さそうですが、私の心身にはあまり良くありません。だからこれくらいの買い物でも、ちょっと心強く感じます。
決勝が延長戦になったおかげで、ガラ空きのスーパーマーケットでも、のんびり買い物できました。その上、うちに帰り着くまで、道が空いていました。
ほんとにいつもこうならいいのに!…でもきっといつか、世界は変わりますよね。
ところで、ぜんぜん関係ない話。
きのう、宿六に小さな封筒が届きました。宿六はそれを、私の前では開封せず、コソコソッ…と自室に持ち去りました。あやしすぎて楽しいので、あとを追って、取り上げて中身を見たら、入っていたのは…
1882年刊行のギリシャ語教科書の、復刻版の、中古本。
なんだそれ……。ちょっとはおもしろい展開を期待してたのに、なんてつまらない!ガッカリ!
うちの小さな書庫 兼 物置きは、宿六の辞書&文法書コレクション(大半は紙が茶色く焼けた、本人にしか価値のないセコハン本)で占拠されています。なんでそんなものがおもしろいのか、私にはまったく理解できません。
ときどき、暖炉でぜんぶ焼き払いたい衝動にかられます。紙質のわるい古本は、さぞ気持ちよく燃え上がるでしょうから…
宿六がコソコソ隠そうとした本。
あっ、大丈夫です、カバーだけじゃなくて、
中身も古代ギリシャ語の文法書でした(笑)
まあでも私も、色とりどりの刺繍糸やフェルト生地、絵の具、色鉛筆なんかを、ごっそり死蔵してますからねえ。「めったに使わないものをためこむ」のは、人間の本能なのかな…
2026年6月17日(水) 最低22.6℃/最高23.5℃ 曇りのち通り雨、のちまた曇り
<まだ票を数えてるらしい…>
RPPのウェブサイトより無断借用…すみませーん
去る6月7日に、ペルー大統領選の決選投票が行われたのですが、17日現在、まだ票を数えているらしく……。ぜんぶ数え終わるのは、7月に入ってからになるのかも。
さきほどRPP Noticiasのサイトをみたときには、開票率99.355%で、二候補の得票率はこーんな感じで、笑っちゃうような大接戦らしいです。
ごくおおざっぱなところ、投票者の三分の一が白紙投票、残りのそれぞれ半分ずつが両候補に票を投じたようです。(宿六は二回とも海外出張中だったので、あとで罰金を払わないとなりません。一回につき110ソルで、円に換算すると約5200円×二回分で、けっこう高いですが、生活実感としてはもそっと安い印象です)。
もしこのまま、「ペルーの政治家にしては」いくぶんまともに見えるほうが残れば、たぶん海外投資など呼び込みやすく、ペルーは数年は一息つける…かもしれません。この候補のお父さんが受け入れ地盤を整えた、海外からの投資のおかげで、ペルーはいまだに食べられてますからね。
ただこの候補は、まさにその父親のことで、心にわだかまりが残っているのではないか、ということが私はちょっと気になります。現に過去には、選挙公約に存命だった父親の即時恩赦を盛り込むことで、彼女は政権を手にする機会を、二回?だったか逃しています。
またもし個人的な遺恨=被害者意識があるとしたら、それはしばしば人を、パワーゲームにのめりこませます。そして、過去のペルー大統領たちがやらかしたように(もちろん懐かしいトレド君がその筆頭)、仕返しだけが目的の政治を始める危険もあり得ます。
もちろん、彼女がそうなる、と言っているのでは、まったくありません。彼女の政治手腕じたい、未知数ですから。
でももし、過去の個人的な恨みをペルーの未来から切り離し、今の時代に合った、女性ならではの骨太かつ清新な政治を実現してくれたら、尊敬します。
6月中旬のパチャカマックで、この青空…
ものすごく異常気象です。
いっぽう対立候補のほうは、決戦投票一週間前になって、票ほしさに公約をひっくり返すような人物らしいですね…
もしその候補が残った場合は、まあ先は見えています。
過去のあまたのペルー大統領と同じで、一瞬で権力の幻想に有頂天となり、結局盗み以外はなにもやらない、という道を辿るのはほぼ確実です。(三十年以上ちゃんとペルーに税金払ってますので、これくらいは言わせていただきます)。もしそうではなかったら、尊敬します。
いま世界各地で、エゴ丸出しの政治家たちがやりたい放題ですけれど、そういう政治屋たちにも、大切な存在理由があると思います。
なぜなら彼らは、「ひとりの政治家で国の運命が変わってしまうような、現状での民主主義とやらは、本当は民主主義でもなんでもない」と、気づかせてくれるからです。
だからその錚々たる「指導者グループ」に、ほぼ末席(ホホホ…事実なんでしかたない)ペルーからも一人代表を送り込めば、ますます人々の覚醒の役に立ち、長い目で見れば、それがペルーだけではなく地球全体の変化を早めてくれるかも…しれません(笑)
まあでもその「地球規模の目覚め」の前に、人々が自分の人生への不満を、政治のせいにして、自分の心をごまかすのを、なんとかする必要がありそうですが。
残念なことに、ペルー南部では特に、その傾向を強く感じます…
本来なら、鉛色に曇って、海霧で冷え込むはずの季節ですが、このところずっと、毎日昼ごろになるとからりと晴れて、こんな青空が広がります。でも朝晩は曇って、しとしとと生暖かい雨が降ったりします。どうしちゃったのかしらね?
毎日きれいな焼き目をつけてもらって、
猫たちはごきげんですけれど…
今日は久しぶりに終日曇っていましたが、でもやはり生暖かくて、夕方には強い通り雨…。
とにかく変です。過去のエル・ニーニョとも、またぜんぜん違っています。
こういう、どう転ぶか全くわからない年には、やはりちょっとでもまともな候補のほうが、ありがたいといえばありがたいでしょうね…
でもまあどっちになっても、私の人生には関係ないので、引き続き静観しております。
2026年6月7日(日) 最低22.0℃/最高24.5℃ おおむね曇り
<人生の半分以上がペルーになってしまった…>
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先週、夜十時のパチャカマックの月
今夜はやたらと静かです。大統領選の決選投票日だったので、みなさんスリリングな政治ドラマに夢中になっているのかな?
でも一回目の投票の際は、棄権や白紙投票がほとんど半分を占めたとか。ペルーの人たちも、やっと現行の「民主主義」なるもののいびつさに気づき始めたのか、それとも選挙のために、半日の稼ぎを無駄にするのがばかばかしいのか…
今まで何度も、ペルー人のみなさんが「よりうさんくさい候補者を好んで選んで、あとで後悔するけど、すぐまた忘れる」のを見てきました。なので私はもう今さら、何の期待も不安もありません。結局のところ、私の人生には関係ないし。
ただこの、ロックダウン時に似た静けさ…私には理解できない緊張感をはらんだ静けさ…には、ある種の心地良さがあるので、それを利用してサイト更新にとりかかりました。
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同じころ、
出張先のホテルから宿六が見た、
朝六時の有明の月
さてこの6月1日から、私のペルー生活は32年目に入りました。
私本体は62歳になったので、これからは「もう人生の半分以上、ペルーにいるんですよ」なんて言えるようになってしまいました。別にぜんぜん嬉しくはないな…
日本に対してもペルーに対しても、私には「故郷」という思い入れは全くありません。地球じたい、もう自分には合ってない気がします。でも、スペインとうちの庭だけは、ちょっと好きです。
<Extreme Makeover!! その2>
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宿敵グラナダ王国との境界だった壁を、崩し終えるとすぐ、翌5月23日(土)には大量の土の搬入が始まりました。 アルパカたちのごはん(芝)が少しでも多くなるように、小さな丘をたくさん作るのです。 はじめは60立方メートル分の土(tierra de chacra)を注文。ちょっと多すぎるかと思いましたが、ぜんぜん足りず… |
24日(月)には、更に60立方メートル分の土を注文、こんなふうになりました。
ベンハー君が、土を運ぶ運転手さんと交渉し、だいたい必要な場所に少しずつ土を落としてもらったので、大幅に時間が節約できました。二人に大感謝です。 (普通、土の配達の人は、門前にドサっとぜんぶの土を落として行くだけです。その場合、手押し車で少しずつ運ぶほかないので、何日もよけいにかかります) |
| 井戸は、余った煉瓦とセメントで、地上の部分(…正式にはなんて言うのかな、昔なら井桁だけど…)を高くしました。
もとはとても低くて、酔っぱらってつまづいて、みごと落ちるのにぴったりな高さでした。 なので、元・持ち主のA氏には、「うちには小さい子供も住んでいます。蓋のない井戸はとても危ないので、あなたの区画の入り口に門をつけて入れなくするか、井戸にふたをするか、どっちかをお願いします」と頼みましたが、あの吝嗇なお方がお財布を出すはずもなく… ロックダウン期には、元従業員・永吉君の子供たちが、外に出られないとき、よくここで遊んでましたから、いつも心配していました。今まで転落者が出なくて、ほんと良かった。 |
次いで5月27日(水)、私たちの誕生日には、大量の芝が到着。しかし…
奥の区画までは入れない、大きすぎるトラックで届いてしまいました。現場監督が指定し忘れたのです。 「角の大きなサボテンを切り倒せば、なんとか曲がれそうなんですが…」 と言われましたが、もちろん断りました。それくらいじゃ通れそうにないし、そもそもが監督のミスなのに、なんで私の十年もののサボテンで払わないといけないの?(近年、理不尽には巻き込まれなくなった私…) |
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と、いうことで、いちいち小さなトラックに芝を移して運ぶことに… 自分の責任なのに、監督氏が「二度手間だ…」とさかんにボヤいていたそうですが、知るか! 今回の工事では、面倒な交渉や懐柔や苦情申し立て等々は、ぜんぶベンハー君が宿六代理としてやってくれたので、非常に助かりました。おかげで出張前で忙しい宿六も、誕生日のワインくらいはゆっくり飲めました。 |
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今日は、子連れのお母さんも手伝いに来ています。子供を預かってくれる人が、見つからなかったのでしょうね。 見るからに退屈していてかわいそうですが、まあこれもまた人生経験… 井戸を高くしておいて良かった… |
初めにこんなふうに、ぽんぽんぽん…と芝を配置していきます。
向こうでは、ベンハー君が子供になつかれています。「そのパネトン、私にもちょうだい!」と言っているようです。(あ、この写真、ほんとは宿六撮影でした…) こういう力仕事の日は、パネトン(パネトーネ風だけど超甘いペルー式パン菓子)を、うんと大きく切って、午前と午後に配ることに決めています。受け取った瞬間、みなさんパーッと明るい顔になって、もう一仕事がんばってくれるので。子供よ、働かないあなたのぶんもあるからね。 |
初日はこれくらい進んだところで、日が暮れました。
あさってから宿六はまた出張。だから監督氏は、明日中には終らせると言いますが、ほんとかなあ… 偏見を持ってはいけませんが、でもこういう作業をする人の中には、ときに「下見の泥棒さん」が混じっていることがあります。だからうちの男手が揃っているときにしか、大きな作業は頼みたくありません。 ベンハー君の話では、きのうの作業員の中にも、様子があやしい若者がいて(写真にはうつってません)、うちの間取りのことを、根掘り葉掘り、聞き出そうとしたそうです。 そういうときベンハー君は、かなり強面にふるまえるので、「いったい何の下見かい?」と怖い顔で言ってやったところ、翌日はもう、その若者は来なかった由。 |
みんなが帰ったあと、夜遅く見まわりに行くと、なんと監督氏、乗ってきた車を置きっぱなしにしてました。
すぐ近所に住んでいるので、外まで車を出すのが面倒になったのでしょう。 しかしなんて不用心な。朝までに、屑鉄回収業者に売り払ってしまおうかしら。少しは芝代の足しになるかも知れないから。 |
「新しい芝の香りがするけれど…… いつ頂けるのかしら?」 |
二日目、追加の芝が届きました。今度は最初から、小さなトラックに小分けして搬入。
それをまず、全体に散らしたところ。 |
この日は曇って涼しかったので、みなさんアンデスの音楽とパネトンで景気をつけつつ、黙々と植え付け作業に打ち込みます。植え付け、といっても、土の上にぽんぽん並べていくだけですが、重労働には違いありません。 写真は午後4時、あともう少し、というところまで進んでいます。 |
ベンハー君は、植え終わったところから、さっそく水まきをはじめました。
リマでは霧雨しか降らないので、こんなゆるい土の盛りかたでも、ちゃんと形が残ります。日本なら、一回の集中豪雨でぜんぶ流されそうですね。 |
日暮れ前に作業は終りました。私が植えたわけじゃないけど、心配してただけで、しっかりくたびれました。
深夜、嬉しく出来上がりを見に行くと、懐中電灯のスポットライトの中に、浮かび上がった悲劇の主人公……彼は長年(というか代々)、この空き地に住んでいたペルーイシチドリ君です。 当地での呼び名は「ウェレケケ huerequeque」で、夜間そのへんを飛びながら、はっきりと「ウェレケケ、ウェレケケ、ウェレケケ…」と啼きます。 |
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芝は質がよかったと見えて、順調に根付いています。
盛り土をたくさんすることで、計算上少なくとも、30%以上、表面積が増えました。 |
ここにアルパカたちを入れてやるときの、「…え!これぜんぶ、食べていいの?」と驚く顔が、今から楽しみです。
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| Extreme Makeover前
(2026年3月) |
Extreme Makeover後
(2026年6月) |
自然発生的に見える? …かもしれない、このうねうね感、 気に入っています こうして、「アルパカに草を食ませることしか考えていない庭」という、じぶんながら冗談みたいな計画が、だいたい形になりました。
二年ほどがんばって作った貯金を、四の五の言わず、私の気まぐれの前に差し出した宿六も、どうかと思うけど… でもうちで生まれたアルパカって、よくなついて、ほんとかわいいんです。 このあとは、壁際に植える木の選定です。濃い日陰を作る木は、芝の生育にはよくないので、ゆるやかな目隠しとして、ポプラ並木を考えています。 あとは中央にナツメヤシを一本だけ。また家から庭の広がりを感じられるように、いちばん奥に数本のイトスギ。たぶんこれで、もとの庭と調和のとれた放牧地になりそうです。 私にもうちょっと体力があったら、壁にアンデス高地の風景でも描くんですけどね… まだ手つかずの通路も、半分にはうねうねと盛り土をして、芝を植えます。残り半分は、アルパカ用と「小さな家」用の畑です。 |
チャスカ女王と二頭の白雪姫にも、早く新しい芝生を食べさせてやりたいです。 でも根がしっかりと育つまで、少なくとも一か月は待たないとなりません。(アルパカは草を根こそぎにしない、なんて真赤な嘘ですからね…うちのアルパカだけが変なのかもしれないけど) そのときは、オスとメスが顔を合わせないよう、どうやって輪牧(…牧草を休ませるため、家畜にいくつかの区画を行ったり来たりさせるのは、輪作ならぬ輪牧っていうそうですね)のスケジュールを組めばいいのやら、今からちょっと頭がいたいです… アルパカを衝動的に飼い始めてから、もうすぐ丸七年、でもまだまだ手探りです。 |
2026年5月22日(金) 最低19.7℃/最高25.4℃ 晴れたり曇ったり
<レコンキスタ後のExtreme Makeover!!>
旧グラナダ王国こと、3月にめでたく買い戻した奥の土地では、いま宿六の采配下、モー然と工事が進められています。
まず井戸の掘り直しを3月17日から始め、途中聖週間のお休みをはさんで、4月9日に完了(たまたまその日にパカリーナ姫が誕生)。
井戸はもともと11mの深さがあったのを、18メートルまで手掘りしてもらいました…
次いで、宿六がドイツ出張から戻ったあとの4月23日から、旧グラナダ王国の周囲と、通路の壁をすべて高くする工事を開始。こちらは三週間ちょっとで完了。
旧グラナダ王国といっしょに奪還した通路も、いずれ芝を植えて、アルパカ放牧地の一部にするつもりなので、彼らの安全のため、念のため門を取り付けます。
門の設置を請け負ったのは、ベンハー君の知人のセサルさん。
仕事が丁寧な上にとても早くて、なんとこの大きな門の製造&取り付け&塗装を、わずか4、5日で終らせてくれました。
はじめセサルさんとは連絡がとれず、他の人に頼むしかないか…と話していたのですが、偶然ゼラニウムちゃんが近所の市場で見かけて、捕まえてきてくれました。(なんかこういうことって、私がキリキリせずにリラックスしていると、ぜんぶうまくいくなあ…)
門が出来て、旧グラナダ王国&通路の安全が確保されたところで、うちの庭と旧グラナダ王国の、境の壁を壊し始めます。
穴のむこうにちらっと顔がのぞいているのは、一連の工事の責任者、ダリオさん。ここ数年、いろんな工事でお世話になっています。
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初日の破壊活動はここまで。
これは旧グラナダ王国側から見たところ。
二日目は、一気に破壊が進みました。
宿六がぽつりと、「なんか…もったいないね…」と言います。たしかに13年前、この壁を作ったときの記憶も、まだけっこう新しいですもんね。
そのとき払ったのは私でしたが、でもそれを、こんなに早く壊せることになったのは、少なくとも私は嬉しく思います。
遺跡っぽく見えないこともない、芸術的な崩し方…
奥の壁の、煉瓦の色が鮮やかな部分は、この四月からの工事で積み足したところです。
こう言ってはなんですが、ご近所にはかなりうさんくさい方々が多いもので、やはりシンプルに壁を高くする以上の安全策はない、という次第です。
でもさいしょは、境の壁は残すつもりでした。小さな穴をあけて、扉をつけて、旧グラナダ王国を「秘密の花園」風にしたい…と思っていました。
しかしアルパカが予想以上に殖えてしまったので、予定変更です。いずれ放牧地になる旧グラナダ王国と、そこにいるアルパカたちが、うちから良く見えるように、思い切って壁を低くすることに決めました。
壁が崩されていくのを、
驚いて遠くから見ているアルパカ男子たち。
「世界は思っていたより大きかった」と、
この庭生まれのインティ王子が
言ったとか言ってないとか…
5月20日の澄んだ夕空
きのう5月21日には、壁の破壊作業もほぼ終り、大掃除が始まりました。
一連の工事の監督、ダリオさんの計算違いで、だいぶセメントとレンガが余ってしまったんですけど、それはどうしたらいいのだろう?ベンハー君ピザ窯でも作る?
ものすごい砂ぼこりと騒音なので、私は一切近づかず、家に隠れていました。
遠隔操作で宿六に写真を撮ってもらいます。
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アルパカ女子も私と同じで、
騒音を嫌って、車庫の物置きコーナーへ避難中
でも男子班、特にチャスキは変にキリっとして、小さなマウンドに登って、騒音に耳を澄ませていました。
(アルパカ女子がいなくなった当初は、互いにデスマッチをしていた男子たちですが、さいきんそれなりに平和に暮らしています。
おそらく女子の姿が見えなくなって、地球の諸悪の根源、テストステロン値が下がったのでしょう…)
でもアマル―王子は、騒音など意にも介さず、哺乳瓶を見せるといつものようにすっとんできます。
もし今アマル―が日本へ行ったら、「熊に似た動物が駅前にいた!」とかで、すぐ通報されてしまうでしょうね…
そしてミルクのあとは、宿六と相撲です。精神年齢が近いのでしょうね、とても仲良くしています。
しかしアマル―君は、今やこの身体の大きさと、この色ですから、暗い庭でとつぜん走ってくるとけっこう怖いのです…
本人にまったく悪意はないのですが、嬉しそうに飛び掛かられると、私なんかは簡単に地面に転がされてしまいます。さいきん庭を歩くのもちょっと命がけです。
そのころ家では.…
この騒音の中で、よく眠れるなあ…
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最近あまり出てきませんが、
おかげさまで二匹とも、
安心しきって暮らしております
庭と旧グラナダ王国の境界の、この部分を破壊する作業は、二日ちょっとで終りました。
(むかし米国に、Extreme Makeover: Home Editionっていう、力任せに無茶苦茶な改装工事をするリアリティ番組があったけど、ちょっとそんな派手派手しい気分を味わいました…)
長年うらめしく睨んでいた壁でしたが、いざ崩し始めたら、あっという間でしたね…
両端には、このあと小さな門をつけて、それぞれアルパカ男子とアルパカ女子の、放牧地への出入り口にする心づもりです。
2026年3月20日(金) 最低23.0℃/最高28.4.℃ 快晴
<レコンキスタ(国土回復運動)の完了>
長年、私の心に刺さっていた、おそらく「人生最後のトゲ」を、ついに無効化しました!
13年前に売ったとなりの土地を、先週買い戻したのです。バンザイ!
パチャカマックの土地を私が買ったのは、2009年。当時の価格は、今の十分の一以下でした。
その後、土地を四つに分ける分割登記を、宿六が二年間もかけて、足を棒にして達成。(ペルーの片田舎の惨憺たる登記状況をご存じの方なら、これがどれほどのミッション・インポッシブルだったかわかって下さることでしょう…)
家を建て始めたのは、やっと2013年になってから。
でも途中で資金が尽きたので、やむをえずいちばん奥の区画をひとつ、売りに出しました。
すると近所に別荘を持っているA氏が、フラッと立ち寄り、すぐ購入を決定。
官僚系の、とっても目立つ役職についていた人だったので、銀行への借金もすぐでき、あっさりと売買成立、私たちも大いに助かりました。おかげで家の工事を、中断せずに済みました。
ただの荒れ地だった2009年当時。
ここに緑の庭を夢想して、貯金をはたいちゃったのですから、私も意外に蛮勇の人だったらしい。
今、同じ方角を見たところ。
木々が繁茂し、アルパカが殖え、うしろのロマス(冬の花園)はほとんど見えなくなりました。
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2013年、建設中のわが家
日本にいた頃は、「社会的地位や財産のある人たちは、自然とゆったりした風情や、他者への敬意や優しさを、身につけるものなんだろうな」と思っていました。
でもペルーに来てからは、なぜかその逆のケースばかり見かけます。残念なことに、A氏もまたそっち側の人だということが、まもなくわかってきました。
(以下、悪口ではありません。ただの事実の叙述です)
まずA氏は、土地の購入前に、将来じぶんが建てる家の下水を、わが家の下水につながせろ、と言ってきました。
大通りが遠いので、自分でお金を出してそこまで下水を引くのが、いやなのだとか。
うちにとっては、冗談じゃない話です。いろいろあってペルーまで落ち延びて、苦節十八年、やっと一軒家を建て始めたのに、なんで他人の下水の上で暮らさなきゃならんの…?
とはいえ大切な購入予定者に、よけいなことは言いたくないし…
参ったなあ…と思っていたところ、それは物理的に不可能、つまり下水はじゅうぶんな傾斜が必要なので、A氏宅の水回りをうんと底上げでもしない限り、下水は詰まってしまう、とわかって一件落着。
水回りの底上げのほうが、下水を引くよりよほど物入りですから、A氏もすぐに納得。
A氏は次に、わが家の外壁の一部、売地に面した壁をタダで使わせろ、と言ってきました。写真の右奥に見えている壁のことです
自前の壁を作る費用がもったいないから、だそうです。
法律上は、どの土地も自前の壁を作る義務がありますが、これ、ペルーではだーれも守ってません。現にうちの四方の壁も、ご近所のみなさんがコレ幸いと、勝手に自宅の一部として使ってます。
便乗者がもう一軒ふえたところで、大差ないので、これは容認しました。
さてA氏は、土地の購入後も、いろいろとびっくりさせてくれました。
別の隣人の乱暴な工事で、うちの通路の壁が壊されかけた時は、A氏は修理の分担金を出すのを断固拒否。
売買契約書には、「共用通路の修理費用は、面積比に応じて分担すべし」と明記されていますが、それはA氏の考えでは「不当」なんだそうです。(…ならなんでサインしたの?)
大いに鼻白んだ私たちは、以後、なにか修理が必要なときは、A氏には一切問い合わせないことに決めました。黙ってうちの好きなようにしたほうが、お話が早いですから。
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奥の区画が売れたあと、
うちの境界を囲む壁を、建て始めたところ。
ほぼ完成した仕切りの壁。
(のちにここからドロボウが侵入したため、
もっと高くする羽目となりましたが…)
その後ドロボウ事件が起きて、わが家の外壁をすべて高くした時、A氏はこんなことを言ってきました。
「ついでだから、うちの区画の壁もぜんぶ高くしてください。売主は、それくらいサービスしてくれてもいいでしょう」
あらあら…何年も前に売った土地なのに、修繕義務は今でも私たちにある、というのでしょうか。驚くべきポジティブ思考です… これは聞かなかったことにして、強制終了。
またA氏は、共用の表門の鍵をなくす名人でもありました。何回なくされたか、思い出せないほどです。そのたびに、安全のため錠前からぜんぶ交換です。
一度などは、なくしたことを1年以上、うちに連絡してきませんでした。しかもそれがバレたとき、「どうせだれも入りゃしないから、表門の錠前なんか、いちいち交換する必要はありません」とのたまったのです。
それって、鍵をなくして隠してた人が、偉そうに言っていいことじゃないでしょ…
(たぶんこういう人は、たとえば自分が住むリマのコンドミニアムの鍵を、誰かがなくしでもしたら、危険だなんだと大騒ぎするのでしょうね)
錠前の交換作業はベンハー君がやったので、費用は錠前本体の数千円だけでしたが、なんとA氏、ついに払いませんでした…
でもA氏が持ってきたいちばんの問題は、ほかにありました。
購入当時、A氏夫妻は新婚さんで(それも加トちゃん式)、もしかして新婚ハイかも…と思われるふしがありました。すぐ近くにもう別荘があるのに、またうちの土地を買ってしまったのですから。
そして数年後、おそらくそのハイが少し落ち着いたころ?に、「あの土地にはもう家は建てません、売ることにしました」と伝えてきました。
その日から、私の十年の悪夢が始まりました。
となりの土地が、いつどんな人の手に渡るかわからないのは、とても不安なものです。
たとえば、「週末ごとにどんちゃん騒ぎをする隣人」が来る可能性は、ペルーではとても高いわけで……しかもその新しい隣人とも、写真の長い通路や、表門を共用しないとなりません。
もちろん買主には通行権(servidumbre de paso)しかありませんが、リマっ子の行動様式には少々詳しい私には、それもまた不安材料でした。
なぜなら、法律も約束もぶっとばして、身勝手なことをする可能性が……たとえば「週末ごとに酔っ払いがうちに集結し、写真の通路全部を駐車スペースに使ってしまう」みたいな危険性が、ものすごく大きいからです。
それでも今となれば、総合的に見るとA氏は、「なかなか良い隣人だった」と言えます。
なんといっても、一度も隣で工事をせず(=なにも投資せず)、住むこともなかったのですから。ぜんぜんそこにいない隣人ほど、良い隣人はありません。
それに、土地に無茶な高値をつけてくれたおかげで、購入希望者はとうとう十年間ひとりも現われず、私の長年の悪夢は、ただの杞憂に終りました。
現在の通路のようす。
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こちらは、大通りにつながる別の通路。
モージェやウチワサボテン、リュウゼツランが生い茂り、
アンデス化しつつあります。
まあそのかわり、私たちがその無茶な高値を押しつけられたわけですが、通路を自由に利用する権利を取り戻せたのが、とても大きいです。
改めて確認したところ、共用の通路だけで700平方メートル近くありました。
大通りからぐっと引っ込んだ、細長い土地なので、仕方なかったのですが、なんてもったいないことをしていたのでしょう…
だからそれも計算に入れると、決してわるい取引ではありませんでした。
いずれこの通路には、アルパカのために芝やアルファルファを植えたり、「小さな家」のゼラニウムちゃんのトウモロコシ畑を作ったり、いろいろ活用するつもりです。
(ゼラニウムちゃんはアンデス式のウミータを作って、近所の市場で売っているので、前からトウモロコシを植えたがっていたのですよね)
こうして私たちは、わが家の全権を取り戻しました。
私たちの土地は、他人に通行権を与える必要のない、文字通りのCampo Soberanoとなりました。
「もう人の都合や気まぐれに、振りまわされたり、気を遣ったりする必要がない」
ということが、本当に嬉しいです。これこそは、60代のあいだに、ぜひ実現したいと思っていた境地です。
宿六はまだ仕事があるので、多少は取引先に気を使う必要もあるでしょうけど、私はひと足先に、完全に自由になりました!
それにしてもA氏一家が、13年も更地のまま放置して、柘榴一本植えなかったのは、ひとごとながらちょっともったいない気がしています。
少しはここの豊かな土を、楽しめばよかったのに…
などと、感慨に耽っていたら、別の隣人である某弁護士が、とんでもないことを言ってきました。(ああ、すばらしき隣人の皆さま、どうか身勝手大爆発も休み休みお願いします…)
某弁護士が持っているのは、大きな欠陥のある土地です。崩れかけた崖下の、それも袋小路の奥にあり、下水が引けません。
それで、隣家であるうちの庭(もう完成した庭!)をつっきって、下水を引かせろ!それからついでに大通りへの通行権もよこせ!と、急に言いだしたのです。
まあ気持ちはわかります、もしそれができれば、彼の土地の価値は、ぐっと上がりますから…
買い戻した区画は、
13年前から時が止まって、荒れ地のまま。
壁の向こうのジャングルは、うちの庭です。
長年ほったらかしの通路では、バナナやアスパラガスやウチワサボテンが大繁茂。
ベンハー君が折々に収穫しています。
…しかし、なんでみんな、人の土地に、じぶんの下水を通したがるのよ?!
しかも某弁護士は、「お金は払うから」と、まるでそれが特別な恩恵であるかのように言ってきたのも、くっそ腹が立ちます(失礼…)。
だいだいがその弁護士は、大昔、うちの分割登記を請け負って、全額先払いさせたくせに、1年間なにもせずに放置した、という前科持ち。
その上うちの外壁を、ずーーーっと無断で使っているのだな、奴は。
そういう低レベルなことにこだわるのは、時間の無駄なので私は黙認していますが、でもどんな人物なのかは決して忘れません。
またそれ以前の問題として、やっと完全な平穏を取り戻した庭を、他人に踏み荒らさせる気は毛頭ありません。
私が一瞬もためらわず、「ありえません!Ni hablar!」と即答したので、某弁護士も思わず笑い出していました。いえね、彼だって自分がどんな無茶苦茶を言ってるか、仮にも弁護士なんだし、よくわかっているんですよ…
それでも誰か思慮の浅い人間を引っかけて、うまいことわずかなお金で騙せないか、恥知らずにも試しているわけです。ペルーの弁護士にはそういう手合いがとっても多いので、ほんと要注意です。
しかし今回のところは、おあいにくさまでした。
私が、彼らのような身勝手な人々に振り回されることは、もう二度とありません。私がレコンキスタ(再征服)したのは、土地だけじゃないので。
自分の内部を深く旅していたこの一年で、私は自分自身と和解し、私の魂そのものも、レコンキスタを完了できたように感じています。
売買契約書は、リマ・セントロの古ーーいオフィスビルにある、公証人事務所でサインしました。(私が知る限り、このエレベーター、動いてたためしがないな…)
ここまで古めかしいと、むしろちょっといい感じかも…
チョコレート色の扉に、「郵便受け!」と書いてある字体の、なんと味のあること…
その上の覗き穴も、牢獄っぽくてすてきです。
廊下の先にあるのは、これまた古風な弁護士事務所。60年代くらいから、このまんまなんじゃないかな。
…たしか宿六のきょうだいの遺産争いの件でも、ここに来たことあったなあ。
宿六は早々に逃げましたが、噂ではまだみなさん、ドンパチやってるらしい…全員いい年だと思うんだけど、元気だなあ…アーメン…
…なんて書くと、最近は日本語知らないみなさんも、翻訳アプリで読んじゃうから、余計なことは書かないほうがいいんですけど…
もともと大した遺産でもなし、そんなもの巡ってきょうだいでいがみ合っているより、適当なところで矛を収めて、自分の人生(たぶんほとんど、余生…)を楽しんだほうが、ずっといいと思うんだけどなあ。命短し、酒飲めおっさん!
白いおひげがすてきな公証人のおじさまと(楽しい人です)、いつもお世話になっている親切&有能で笑顔の優しい事務員さん。
殺風景なリマ・セントロの、大通りに向かう窓辺を、彼女は多肉植物のミニ鉢で飾っています。これ見ると、なんかほっとする…
なので私たちは、いつも小さなお土産をもっていきます。
前の晩、久しぶりにミニ鉢植えを用意しました。庭で丹精していたのを、アルパカのチャスカ様に食い尽くされて以来、多肉植物はやめてましたが、やっぱりかわいくて楽しいですね。コレクション再開しようかな。
(多肉植物を安く買うなら、チョリージョスに行くに限ります)
帰路、ルリンで市場に寄ります。
セントロの公証人事務所にしても、この眺めにしても…
ついつい、「ずいぶん久しぶりにペルーに来たなあ!」なんて思ってしまいます。
いつも家に籠って、ペルーにいることを(そして時々は「まだ地球にいる」ことも)完全に忘れて暮らしていますので。
スイカは当地では通年売られてますけど、やはり夏の今ごろが出盛りです。
バンブー市場だと、日にもよりますが、キロ当たり1.5ソル(70円)を切るかな?
私の夏の主食はスイカなので、ちょいちょい15キロくらいの超大物を買っては、ベンハー君と山分けしています。(夏になると私がスイカばかり食べて、じわじわとやせていくのを見て、今年は宿六がまねを始めました。夕食を紅茶とスイカだけにしたら、二週間で数キロ減ったようです)
ドラゴンフルーツも、キロ4ソル(186円)ですか、かなり安いですね。
いつでも安いニンジンは、この日は更に安くてキロ1.5ソル、約70円でした。
リマ市内のスーパーマーケットの四分の一ですね。アルパカたちのために、十日に一度、8、9キロほど買うので、この値段は本当に嬉しいです。
ここのニンジンは、毎朝ワンカーヨの畑から直接届きます。だから触れると、まだ残っているアンデスの冷気を、手にひんやりと感じます。
私たちが帰宅すると、さっそく裏口にミルクをもらいに来たアマルー君(一歳一か月)。
「今日はぼくのために、
ニンジンと土地を買ってきてくれたって、ほんと?」
再征服した旧グラナダ王国では、
手始めに井戸の掘り直し中です。
だいたいのところ、アマル―君の言うとおりです。
買い戻した区画には、たくさん丘を作って、芝を植えて、アルパカ放牧地(笑)にするつもりなので。
宿六君がこの一、二年、ものすごくがんばって稼いだものを、思い切りよくぱーっと使って、アルパカ放牧地を作る…(だって連中、殖えるんだもの………)
この妙ちくりんな人生、最近わりと好きになってきました。
私たちの60代、けっこう生きのいい始まり方をしたかも?
2025年11月7日(金)
<ごぶさた半年!>
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今年8月の庭の桜。
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植えっぱなしの「試験管ブラシの木」(カリステモン)。
3メートル程度まで育つ、らしいけど…
どう見ても5メートルは超えてます…
ふと気づくと、もう半年もサイト更新をしていませんでした!
おかげさまで、人間たちも動物たちも、また庭の木々も、みな元気にしております。
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巨大化した試験管ブラシの木の
下をゆくアルパカたち。
前庭のナツメヤシや糸杉もよく育ち、裏庭からもよく見えるようになりました。
家はほとんどスイカズラに埋もれております。うちはなにもかも放任主義です。
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例年通り集まってきた、目に鮮やかなキンノジコ
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そろそろ試験管ブラシの花はおしまい。
今はハカランダが満開です。
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年々花数が増えて、
少しずつ豪華になってきています。
<わが最愛の青果市場>
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私は何年住んでも、リマという街が大の苦手です。 リマ市内に好きな場所もひとつもないので、そこでリマへ行かずに一生引き籠っていられるように、郊外に家を作りました。 でも近年になって、家以外に好きな場所が、ふたつもできました! ひとつは、何度かご紹介したセントロの花市場。そしてもうひとつが、パチャカマックの隣町、ルリンにある青果市場です。 外見は、まあこんな感じで、リマ名物の蛍光色の広告がでかでかと貼りだされていて、あまり魅力的には見えません。 |
正面では、三輪タクシーがいつも客待ちをしています。 このあたりに駐車すると、なぜかタイヤが釘だらけになるので、要注意…。 でも裏手にまわれば、きれいで安全な駐車場があります。 市場の名は、バンブー。つまり竹市場。妙な名ですけど、この場所に以前、トロピカルな内装の「歌って踊れるレストラン、バンブー」があった名残りです。 |
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雑貨店コーナー Google Mapで見る限り、バンブー市場は、1万6000平方メートルほどあるようです。 |
サッカー関連グッズ専門店 |
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玩具店。 |
でもこの恐竜やライオンの移送用トラックは |
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さて私が大好きな青果コーナーへ進みましょう。これは唐辛子専門店。 見惚れるほどつやつやしていて、しかも安いです。卸市場ですが、ごく少量でも問題なく売ってくれます。 値段はキロあたりです。 現在1ソル45円のようですが、その極端な円安レートで換算すると、やや高すぎる気がします。生活実感としては、この市の商品はもっと安く感じますね… |
ほぼ唐辛子だけ売る店が三、四軒はありますが、どこも生姜とターメリックをいっしょに並べています。 カレーが作りたくなる組み合わせですけど、たぶんaji de gallina(薄黄色のカレー風ペルー料理)を想定してるのでしょうね。 |
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こちらはペルーらしさが横溢する、 |
各種ジャガイモを並べた販売ブースが、ずらーーーっと並んでいます。 ここの市場の商品は、地方の畑から直接持ち込まれているので、このあたりはもう、アンデスの土の香りでいっぱい。 酸欠に弱い私も、ここなら高山病にならずに、高地の気配を楽しめます。 |
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アンデスのジャガイモは、種類によって味もさまざまで、本当においしいです。 でも宿六がてきめんに太ってしまうので、うちではめったに食べませんが、ここに来ると少し買いたくなります。みなさん大量に買っていくので、「1キロだけください…」と言うのはちょっと勇気がいりますが、もちろん問題なしです。 |
定番のジャガイモが多いですが、アンデス奥地の珍しいジャガイモ(papas nativas)もときどき見つかります。 まあ種類に関しては、アンデスのジャガイモ市場の足元にも及びませんが、鮮度に関しては文句なしです。 |
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サツマイモ専門店も何軒かあります。 看板に、「畑より直送(directo de la chacra)」と書いてあります。 |
油で揚げるとビールがよくすすむ、ユカ芋の専門店は、たしかここ一軒だけ。 |
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真剣にトウモロコシを選ぶお客さん 女性が厳しい目で商品を選び、その横では男性がくたびれている… |
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巨大カボチャ専門店 |
巨大すぎるので、基本切り売りです。 どの切り身?がいいか、やはり真剣に選ぶお客さん。 (あとで気づきましたが、この同じ女性が、このあとも何度も登場します。互いに気づかず、いっしょに移動してたんですね…) |
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市場の中でも広大な空間を占めるのが、このタマネギ専門店街!! ジャガイモ専門店街に負けない広さです。 ペルー料理って、ほんとによくタマネギ使いますもんね。(なのでちょっと重くて、私は苦手…) それにしてもこれ全部、ほんとに売れるのだろうかと心配になりますが、いつ行っても新鮮なタマネギが山積みなので、商売はちゃんと成り立っている模様。 |
当地で使われる玉ねぎは、大半が紫タマネギ。(白いのはちょっとだけ売ってます)。 天井から下がる紫タマネギ色の飾り、気が利いてます、タマネギ買いたくなります。 |
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バナナ専門店。 アルパカたちのために、十日に一回、5キロほど買っています(けっこうな量ですよ…)。 リマ市内のスーパーマーケットでは、キロ当たり3ソルから5ソルのところ、ここでは大抵1ソル台! しかも畑直送で超新鮮!なんでそんなに安いの?! おかげで心置きなく食べさせられます。 |
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| 普通の八百屋さんもたくさんあります。 |
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紫トウモロコシや酸っぱそうなリンゴは、デザ-トのマサモラ・モラーダ用でしょうね。 |
この紫トウモロコシ、「雄牛の血(sangre de toro)」という品種なんですね。 |
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食肉店や鮮魚店もあります。どこも清潔に保たれていて好印象。 |
こちらはいつも行く、品揃えの良い果物店。 |
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この市場で53ソルも払うと、「今日は豪遊したー!」という気分になります。 お店の人も、「たくさん買ってくれてありがとう」と、写真右下の大きなチリモヤ(チェリモヤ)をひとつ、おまけにくれました。 日本だと、生のチリモヤ一個で、2400円を超えてしまうかも… …なんて、まったく無意味な比較ですが、近年ペルーでは、昔とちがって「何かが安くて驚く」ことが全くなくなったのです。 でもこの市場を発見してからは、毎回安さにびっくりするので、今日はちょっとだけ自慢?したくなりました。失礼をば… |
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コヤチャがおいしそうに、年越し茶そばを食べています。 …前回の毛刈りで前髪を切りすぎて、長らくただの白リャマ状態だったコヤチャ姫。やっと毛が伸びて、またアルパカらしくかわいくなってきました。 じきにまた毛刈りですけど、今度はコヤチャの前髪にはさわらずにおきます… |
庭の最恐アルパカ、チャスカ様が召し上がっているのは、年越し抹茶そうめん。 |
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チャスキも抹茶そうめんが大好物です。 |
横顔は、あいかわらずムダにハンサムなチャスキ君。 |
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インティ君も抹茶そうめんに大喜び。上手にするするっと食べます。 アルパカたちが、しゃりしゃりしゃり…と音をたてて草をはむ様子を見ていると、なんとも心がなごんで見飽きることがありません。 |
アルパカ用抹茶そうめんの材料は、パピルスです。 太い茎は、のどに詰まらせないよう、裂いてから食べやすい長さに切ります。 |
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こちらは、さっきお昼に出したわが家の年越しそば。ボッタルガ(イタリアのからすみ)のスパゲッティ。パスタ類をゆでるのは、なんと7年半ぶりです! |
ボッタルガは気難しいところがあるので、ふところの広いオレンジワイン(果皮をいっしょに発酵させた白ワイン)にしてみました。ぴったりでした。 |
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それから、きのうシチメンチョウに追いやられてすみっこにいたタコ(下記参照)を、シチリア島のミックスハーブで焼きました。 |
デザートはBonifanti様のパネトーネ。これイタリア土産ではなく、リマのスーパーWongで見つけたクリスマスの売れ残りです。 ローマの空港価格くらいまで下がっていたので、まあいいか…ということで。 こういう小麦たっぷりの食事を、ほぼ平気で消化できるようになって、われながらキツネにつままれたような気分です。 ただやっぱり食後は眠くなりますし、ついでに宿六は増量してしまうので、なんにせよ高糖質なメニューは特別な日だけにします。 |
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かわり映えはしませんが、リマの年末風景も少し。大晦日はなぜか知りませんがブドウ、ということになっているので、スーパーでも山積みです。 元ネタはスペインでしょうけど、カウントダウンで食べる習慣は、当地ではあまり普及してないような?? (どっちにしても果物は、当地ではふつうの市場で買うに限ります。安くて新鮮で、スーパーで日が過ぎたものとはまったく味が違いますので) |
クリスマスも大晦日もいちばんの売れすじの、冷凍巨大シチメンチョウ。 もうスーパー店頭の冷凍庫だけでは入りきらず、鮮魚売り場にまで進出、魚たちをすみっこに追いやっています。 こういうときは魚介類の仕入れも少なく、年末は海鮮料理のほうが望ましい私には、かなり迷惑です。まあこれも、毎年のことなんですが。 |
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外に出ると物売りさんたちが、新年に欠かせない縁起もの、キイログッズを並べてがんばっています。 (ヨーロッパ方面の旅から戻ると、ペルーの人たちがこういうふうに、いつも浮かべている穏やかな笑顔、いいものだなあと改めて思います。当地ではほんとうにスマイル無料です) |
これも毎年おなじみの情景ですが、キイログッズのなかみは、けっこう入れ替わってますね。 今年よく見かけるメキシカンハットは、ふちのところにLED豆電球がずらーっとついているので、一瞬で人間イルミ状態になれる逸品…なのだそうです。たしか6ソルか8ソルって言ってたかな?? |
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猫用に、少しかわいいのを買ってきました。 ハスミニは、いつものように余裕のポージング、すぐ良い写真が撮れました。 |
ビビリーハシンタ三世も、かろうじてそれっぽいのが、一枚だけ撮れました。 そういえばハシンタ三世は、瞳がとっても黄色くておめでたいので、よけいな縁起ものなんかいりませんね。 |
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ビビリーハシンタですら何とか撮れたので、おっとりしたインティ君なら大丈夫だろうと、黄色く飾り付けてみましたが… |
おっと!ヘアバンドがおっこちて、目隠しになってしまって、インティ君大パニック! こういう小心なところは、ほんとお父さんそっくりです。脚つきがいいですねえ。 |
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目隠しをつけたまま、黄色いおめでたいリボンをなびかせ、ぶち切れてそこらじゅう走り回るインティ君… (ところで写真がとても黄がかっていますが、これ当地の12月によくある大気の色です。 アンデスの雨季の雲が、勢い余ってパチャカマックまで降りてくると、いつも空気の黄みが強くなり、もう年末だなあとしみじみ思います。反対に、海から冷たい雲がおしよせる冬場には、どの写真も青白く写ります) |
暴走しているうちに、自然に目隠し…ならぬヘアバンドが落ちて、インティ君もやっと落ち着きました。なんかごめんね… チャスカ様も、めちゃくちゃ呆れ顔をしてますね… |
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庭はいま、マグノリアの華やかな香りでいっぱいです。空が黄みがかった曇り日には、風がなくて香りがこもるのか、いっそう強く感じます。 また夜になると、かわってジャスミンとスイカズラが甘く香りたちます。一日中、うっとりする夢の中で過ごしているようです。 |
ミチカマグノリアは、もうこんなに大きくなりました。 二本とも今年(24年)は、数十ではとてもすまないつぼみをつけて、11月から休まず咲き続けています。 |
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その後アルパカたちには、晴れ間にたっぷり水浴びさせて、さきほどの無礼を許してもらいました。特にインティ君は、大好きな水しぶきを見て、一瞬で忘れてくれたようです。 大晦日に、この雑談を載せようと思って書くうちに、ペルーでも年が明けてしまいました。みなさま新年おめでとうございます。 しかし今の世界は、年ごとにますますおかしくなっていきますね。今年もいったい何が起きるやら。 でもこういうときこそ、多数派の考えにまどわされず、自分自身を見失わず、どんな時代であっても人生を楽しむことを忘れず、そうすることで「この世にはニュースなどには出てこない、まったく違う選択肢が人間の数だけある」ということを、黙って身をもって示す、目覚めた人の存在。 それがいよいよ大切になっていくと思います。私もいつかそういう人間となることを目標に、2025年も黙って(ここでだけ大いに喋って)、わが道を参ります。 |
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